【9.4L V12の最高傑作】1935年製 イスパノ・スイザJ12 美しい姿に隠す力強さ 後編

公開 : 2021.10.23 17:45

気付かないほど静かなアイドリング

「たくましいパワーに洗練された静けさを備え、J12ほど充足感のあるドライビング体験を得られるモデルは存在しません。3速しかないという批判もありますが、トルクが太く、2速に落とす必要性はほぼないのです」。とヒューマンは言葉を残した。

これほど多くの類まれな評価を得てきた、イスパノ・スイザJ12。筆者も幼い頃から、強く惹かれていた1人だ。自動車の本やモデルカーなどでも、常に特別な扱いをされていたのだから当然だろう。

イスパノ・スイザJ12 ヴァンヴァーレン・ドロップヘッド(1935年)
イスパノ・スイザJ12 ヴァンヴァーレン・ドロップヘッド(1935年)

心地よい穏やかな夏の午後に、特別なコクピットへ遂に腰を下ろす。長年の夢が叶った思いだ。

ステアリングホイールのコラムに、点火タイミングとチョーク、スロットルとマグネトー用のレバーが伸びている。正しい位置にあることを確かめ、燃料ポンプを始動。J12のスターターボタンを押す瞬間がやってきた。

読み聞いていたとおり、9.4LのV型12気筒は気付かないほど静かにアイドリングを始める。だが、低速域ではステアリングが重く、3速MTのレバーもストロークが長く力が必要。上質なエンジンとは裏腹に、少し面倒に感じるほど。

1速が横に飛び出したドッグレッグ・パターン。2速とのギア比の差が大きく、内部構造をいたわるためにも、ゆっくりシフトレバーを動かしてシフトアップする。

コウノトリを眺めながらの特別な運転体験

今では考えられないほどロングレシオで、1速で80km/hまで加速できるという。2速で128km/h、3速に入れれば160km/hを超えるはず。幅員の狭い英国エセックスの道は、大きく貴重なスーパーツアラーには適していない。

トップに入れても、J12は充分たくましく速度を乗せていく。ロータリー交差点を回りながら、クリーミーな質感のエンジンは加速しようとする。

イスパノ・スイザJ12 ヴァンヴァーレン・ドロップヘッド(1935年)
イスパノ・スイザJ12 ヴァンヴァーレン・ドロップヘッド(1935年)

視界の開けた流れの良い区間に出れば、巡航速度の上昇とともにステアリングホイールが軽くなる。リラックスして、操作系の質感を味わいながら運転できる。白いバンが不用意に割り込んできたが、アシスト付きのブレーキが不安感なく減速してくれた。

多くのオーナーは、ショーファードリブンでイスパノ・スイザの最高傑作に乗ったが、素晴らしいドライビング体験を逃してきたようだ。長いボンネットの先に羽ばたくコウノトリを視界に入れながらの運転は、極めて特別な印象に満ちている。

2021年にあっても、イスパノ・スイザJ12は壮観なモデルだ。1930年代、これほど上質でラグジュアリーな自動車移動を叶えてくれるモデルは、ほかになかったはず。

エンジンを設計したエンジニア、マーク・ビルキクト氏自身も、パリからジュネーブ郊外の実家まで往復した夜、自宅を目前にした道でその仕上がりに笑みを浮かべたはず。圧巻の美しいボディには、確かな強さが隠されている。

記事に関わった人々

  • 執筆

    ミック・ウォルシュ

    Mick Walsh

    英国編集部ライター
  • 撮影

    オルガン・コーダル

    Olgun Kordal

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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