フォルクスワーゲン・ビートルに対抗したアウディの前身 アウトウニオン1000SとパナールPL17(2) 2スト3気筒が作る笑顔 現存唯一の右ハンドル

公開 : 2026.09.12 17:50

1960年代前半に提供された前輪駆動の4ドアモデル、アウトウニオン1000SとパナールPL17。今でも目立つ、どんな量産車とも違うスタイリングが魅力的です。UK編集部が貴重な2台を振り返ります。

VWビートルに対抗できた前身のDKW F91

1959年当時、パナールPL17の正当なライバルといえたのが、後にアウディとなる、アウトウニオンの1000だった。今回の車両は1962年式の1000Sで、オーナーはニック・パターソン氏。「このクルマが、何かわかる人は殆どいませんね」

「4リングスのロゴで、多くの人がアウディだと勘違いします」。これは本来、1949年に設立したアウトウニオンを構成する、アウディとDKW、ホルヒ、ヴァンダラーの4社を表したもの。1950年から、DKWが先行して自動車の生産をスタートさせている。

アウトウニオン1000S(1958~1965年/英国仕様)
アウトウニオン1000S(1958~1965年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

1953年当時、2ストロークの896cc 3気筒エンジンを積んだDKW F91は、フォルクスワーゲンビートルに対抗できるモデルだった。改良版の3=6を経て、1958年に980ccの1000が登場。高級志向を狙い、アウトウニオンの名で販売されている。

他方、1958年にアウトウニオンはダイムラー・ベンツ・グループの傘下へ再編。「1000のドライバーで意欲的な方なら、メルセデス180や190に乗り換えるかもしれません」と、ダイムラーのトップ、ヴァルター・ヒッツィンガー氏は語っていたとか。

現存唯一の4ドアボディで右ハンドル車

2ストローク・エンジンの不人気と重なり、1000の販売は伸びず、3万台近い在庫を抱え1963年に生産は終了。その後、アウトウニオンの株式の半分を、フォルクスワーゲンが取得。4ストロークの新モデル、F103はアウディ・ブランドで発売される。

混乱の中で提供されたアウトウニオンを、英国ではAFN社が輸入。1956年の東アフリカ・コロネーション・サファリ・ラリーでは前身の3=6が優勝し、販売を後押しした。

アウトウニオン1000S(1958~1965年/英国仕様)
アウトウニオン1000S(1958~1965年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

AFN社が1000で売りにした技術の1つが、クラッチペダルを踏まずにシフトダウンできる、フリーホイール構造を備えた4速MT。給油時にオイルを自動的に混合できる装備も、便利な機能といえた。

ただし、1962年のお値段は1179ポンド。パナールPL17のデラックス仕様でも100ポンド以上安く、結果的に英国の路上で見かけることは殆どなかった。パターソンの1台は現存唯一の、右ハンドルで作られた4ドアボディだと考えられる。

優しい卵型グリルに曲線美のリアフェンダー

パターソンは生粋のDKWマニアだ。「最初に購入した1台は、40年間も納屋に放置されていたんです。実は、部品取り車のモーリス・マイナーがあると聞いて向かったら、1957年式のDKWへ一目惚れしちゃったんです。コレだっ、と感じたんですね」

今回ご登場願った1000Sを購入したのは、2025年。「1994年にレストアされ、DKWオーナーズ・クラブGBへ属していたことは知っていました」。フロントグリルは優しい卵型。華奢なテールライトを載せ、柔らかな曲線を描くリアフェンダーが美しい。

アウトウニオン1000S(1958~1965年/英国仕様)
アウトウニオン1000S(1958~1965年/英国仕様)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

1000Sも、フロントドアはリアヒンジ。インテリアには、プラスティックが溢れている。ダッシュボードはアールデコ調で、大きなメーターが2枚並ぶ。スピードメーターは見慣れた円形だが、初期型は縦に長かった。

4速MTはフルシンクロで、ステアリングコラムからシフトレバーが伸びる。フロントガラスのウオッシャーやシガーライター、パーセルシェルフは標準装備。1960年代の人々は、現代人より簡単なことで驚くことができた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    アンドリュー・ロバーツ

    Andrew Roberts

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジャック・ハリソン

    JACK HARRISON

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

アウトウニオン1000SとパナールPL17の前後関係

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