どんなクルマとも違う2台のFF アウトウニオン1000SとパナールPL17(1) フランスらしい曲線美 シトロエン傘下で消えたブランド
公開 : 2026.09.12 17:45
1960年代前半に提供された前輪駆動の4ドアモデル、アウトウニオン1000SとパナールPL17。今でも目立つ、どんな量産車とも違うスタイリングが魅力的です。UK編集部が貴重な2台を振り返ります。
珍しかった前輪駆動の4ドアモデル
1959年の英国で、前輪駆動の4ドアモデルは珍しかった。グレートブリテン島でも生産されたシトロエン2CVは、中流階級には質素すぎた。かたやID 19は高価すぎた。現実的な候補といえば、個性的なパナールPL17とアウトウニオン1000Sの2択だった。
特にPL17は、今でもめっぽう目立つ。英仏海峡へ面したハンプシャー州の海岸線を、2気筒エンジンのビートを響かせて走れば、気分はさながら往年のSF映画へ紛れたよう。ジム・バウマン氏が所有する今回の例は、特に貴重な右ハンドル仕様でもある。

「このクルマを初めて見た人は、驚きを隠しません。空冷エンジンは特徴的で、排気系に固定されるフロントのエンジンマウントや、ビッグエンド・ベアリングの構造などへ関心を持たれる場合も多いです。開放感の高い車内にも」と彼が微笑む。
PL17のルーツは、1953年6月にパリで発表されたパナール・ディナZへ遡る。定員6名の非常に軽いボディで、851ccの水平対向2気筒エンジンでも充分な走りを叶えていた。
どんな量産車とも違うスタイリング
フランス車だけでなく、どんな量産車とも違う曲線基調のスタイリングを担当したのは、ルイ・ビオニエ氏。アルミ合金のデュラリノックスを採用し、空気抵抗を示すCd値は0.27と、空力的に非常に優秀だった。
ただしコストを抑えるべく、1955年からボディシェル自体はスチール製に。ドアのみ、デュラリノックスで成形された。さらに1956年以降は、すべてスチール製へ変更。同年10月には、株式の25%を保有したシトロエンと、ディーラー網が統合されている。

ディナZの後継モデルは計画になく、1959年にフェイスリフト版のPL17が登場。PLは、パナールの当初の社名、パナール・エ・ルヴァッソールへ由来する。17は、フランスの課税クラスの「5」に定員の6名、100km当たりの燃費が6Lなことの和だった。
エンジンやボディシェルは、基本的にディナZと変わらなかったが、ボンネットとトランクリッドは再デザイン。ステーションワゴンやカブリオレなども用意され、販売の向上が狙われた。1961年のモンテカルロ・ラリーでは、見事に優勝してもいる。
「ヘッドライトのまぶたのような装飾が特に好き」
それでもブルジョワ層の多くは、プジョーやシムカなど、手堅いブランドのモデルへ流れた。1965年にシトロエンはパナールを完全に子会社化し、同年5月にPL17の生産は終了。1967年7月に、パナールは完全に自動車市場から身を引いている。
PL17の右ハンドル車は、1959年に生産が始まった。当時のAUTOCARは「ローバーが典型的な英国車なら、これはとてもフランス車らしい」と評価している。2026年に眺めても、他社のモデルとはまったく異なる印象を受けることは明らかだろう。

お値段は、999.17ポンド。同クラスのフォードやウーズレーより、数10ポンドは高かった。レザーやウッドのインテリアを期待する価格帯にあったが、PL17のキャビンは質素。グローブボックスはなく、簡易的なポケットが助手席前に据えられていた。
ビニール張りのシートは派手な色使いで、英国人の多くが求める雰囲気ではなかった。「自分が惹かれた理由は、曲線のボディとリアヒンジのドア、美しいアルミトリム。ヘッドライトのまぶたのような装飾が、特に好きですね」。バウマンが説明する。








































































































































































