【気軽に愛車で走れる唯一の外国】1986年式『痛車』トヨタ・カリーナEDで韓国ドライブ!

公開 : 2025.03.06 12:05

夢への一歩

もちろん、ただ自分のクルマを港へ持っていくだけではフェリーに乗れない。韓国自走に際して必要となる新たな書類は主に『車両航送申込書』と『国際運転免許証』、そして『登録証書』となる。国際運転免許証は居住地の運転免許センターにて2500円前後で発行可能だが、登録証書はご存知ない方も多いだろう。

これは自動車を国外へ一時輸出する際に必要な書類で、車両が登録されている地域を管轄する運輸支局で発行してもらうものとなる。筆者のカリーナEDは『山ナンバー』であるため、山口県山口市にある山口運輸支局にて申請した。登録証書は運輸支局長の決裁が必要なために即時発行はされないが、筆者の場合は11時前に申請、昼休みを挟んで12時半ごろに発行された。

釜山港上陸後の荷物検査。日本上陸時と比べて簡単に終わった。
釜山港上陸後の荷物検査。日本上陸時と比べて簡単に終わった。    加藤ヒロト

登録証書は車両のナンバープレートと初度登録年月日、申請者の氏名と住所、車名、そして車体番号がそれぞれ日本語と英語で記載されている。ナンバープレートの地名表示は国際ナンバーの様式に沿っており、例えば『江東』であれば『TKK』、『沼津』であれば『SZN』、『金沢』であれば『IKK』のようになる。

片道1500キロの旅

今回の旅のスタートは同行する友人が住む東京都世田谷区からとなった。東名高速道路の東京ICを12月12日の午前2時に通過し、約10時間かけて山口県下関市に到着した。

下関港国際ターミナルでの受付開始は15時からで、ビル内で代金の支払いといった諸々の手続きを行なう。そのあとはフェリーへの搬入まで3時間ほど時間があるので、下関駅周辺で時間を潰した。

ソウルへ向かう途中の高速道路『京釜高速道路』のサービスエリア。
ソウルへ向かう途中の高速道路『京釜高速道路』のサービスエリア。    加藤ヒロト

乗船した日は我々以外にもう1台いたが、聞けば下関から釜山へ向かう自家用車は年間20台程度とのこと。それに対して釜山からは年間800台ほどが下関に上陸しているというので、韓国人のクルマ好きの間では愛車をフェリーに積んで、ドライブしながら日本旅を楽しむことがちょっとしたブームとなっているのかもしれない。

翌13日午前8時に下船し、まずは釜山税関による荷物検査を受ける。これは帰国してから知ったのだが、釜山ではX線検査だったのに対して、日本ではひとつひとつ荷物を手で開封させられるという違いに驚かされた。

その後、クルマを釜山港の保税区域内に置いたまま、通関手数料や自賠責保険あわせて3万円前後を韓国ウォンで支払う。すべての手続きが完了したら、釜山港の門を出ていよいよ自走開始だ。

やがてソウルへ

筆者はアメリカや中国での運転経験があるので右側通行は特に難しく思わなかったが、韓国特有の交通ルールである『Pターン指定』やハングル表記の看板はハードルが高かった。出発する際にソウル在住の友人がわざわざ釜山まで迎えに来てくれて、同乗してソウルまでの約450kmを案内してくれたのは心強かった。

ソウル入城手前でとてつもない渋滞に見舞われながらも、なんとか午後7時ごろにはホテルへ到着した。イベントはその翌日から2日間、ホテルから片道1時間ほどの場所にある高麗大学で開催された。

釜山からソウルまで同行してくれた韓国の友人たちと筆者。
釜山からソウルまで同行してくれた韓国の友人たちと筆者。    加藤ヒロト

2日間ともイベント開始前後の空き時間を使い、韓国の友人と現地のクルマ好きが集まるスポットへ訪れたり、漢江を挟んで北朝鮮側を望める『愛妓峰』の展望台を訪れたりと、短い期間ながらも韓国ドライブ旅行を満喫した。

韓国滞在4日目の午前9時前にはソウルを出発し、そこから一気に釜山へと戻る。日本出発時同様、午後3時前に乗船受付を済ませ、その6時間後に我々は韓国を後にした。下関上陸後は再び横浜へ1000kmの道のりを走ったが、全行程を通して大きなトラブルは特に無く、下関市内でパンクしたぐらいにとどまった。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    加藤ヒロト

    Hiroto Kato

    山口県下関市生まれ、横浜在住。慶應義塾大学環境情報学部に在学するかたわら、各自動車メディアにて「中国車研究家」として中国の自動車事情について「クルマ好き」の視点で多様な記事を執筆する。また、自費出版で中国モーターショーのレポート本「中国自動車ガイドブック」シリーズも手掛けている。愛車は1998年型トヨタ カレンと1985年型トヨタ カリーナED。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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