ホンダ・アコードと競った5代目トヨタ・コロナ 米国最大級の廃車置き場で見つけた「お宝」 40選(中編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2026.02.01 11:25

米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、ミネソタ州にある国内最大級の「名所」で見つけた1940年代以降の希少なクラシックカーを紹介します。

ダッジ・モナコ(1969年)

この1969年式ダッジ・モナコ2ドア・クーペは、2代目モデルのデビューを告げる1台だ。この個体は500というモデルで、バケットシートやセンターアームレストなどの装備を備えている。標準では245psを発生する6.3L V8エンジンを搭載していたが、オプションで330psまたは375psのエンジンへのアップグレードも可能だった。

ダッジ・モナコ(1969年)
ダッジ・モナコ(1969年)

リンカーン・プレミア(1957年)

この1957年式リンカーン・プレミアの4枚のドアは誰かに引き取られたようだが、まだ回収可能な部品は多い。やや傷んでいるが、4ウェイのパワーシートもある。リンカーン・プレミアは、カプリと最上級モデルのコンチネンタル・マークIIの間に位置し、1955年から1960年まで生産された。

フロントバンパー下端にあったドライビングライトはヘッドライトの下へ移設され、縦置きの4灯式ライトとなった。リンカーンはこれを「クアドラライト(Quadra-Lite)」と呼んだ。

リンカーン・プレミア(1957年)
リンカーン・プレミア(1957年)

ビュイック・ルセイバー(1960年)

1960年式ビュイック・ルセイバーのトランクリッドを丸ごと外さずに半分だけ切り取っていったというのは、なんとも奇妙だ。1959年に登場したルセイバーは、その後46年間にわたって生産が続いた。1960年モデルは初代とされているが、大幅なフェイスリフトを受け、前年度モデルとの共通点はルーフとトランク以外ほとんどなかった。

ビュイック・ルセイバー(1960年)
ビュイック・ルセイバー(1960年)

トヨタ・コロナ(1977年)

ラテン語で「太陽冠」を意味するコロナは、トヨタの成長に大きく貢献した。米国で最初に発売されたのは1966年式の3代目で、高い信頼性が評価された。トヨタの成功は、他の日本メーカーにも刺激を与えた。この1977年式の5代目が生産された頃には、人気のホンダアコードとの競争に直面していた。

トヨタ・コロナ(1977年)
トヨタ・コロナ(1977年)

ポンティアック・サファリ(1960年)

ナンバープレートのタグによれば、この1960年式ポンティアック・サファリは17年使用された後に廃車となり、どうやら50年近く自走していないようだ。実際、土に埋もれた様子から判断すると、その大半をフレンチレイク・オートパーツで過ごしてきたのだろう。

ポンティアック・サファリ(1960年)
ポンティアック・サファリ(1960年)

プリムス・クランブルック(1951年)

前項のポンティアック・サファリとは対照的に、この1951年式プリムス・クランブルックは1980年代半ばまで現役で走っていた。錆のない部品が豊富に残っている。欲しい部品があれば、フレンチレイク・オートパーツまでお電話を。

プリムス・クランブルック(1951年)
プリムス・クランブルック(1951年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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