『アウディA6』がフルモデルチェンジで第6世代へ進化 EV版A6 eトロンとは別の内燃機関シリーズがセダンとアバントで登場【画像200枚】

公開 : 2026.08.25 12:05

6月25日、アッパーミディアムセダン&ワゴン(アバント)である『アウディA6』の新型が日本でも発表されました。昨年デビューしたA6 eトロンとは別の内燃機関シリーズです。篠原政明がセダンを取材しました。

ここ数年アウディの命名規則は錯綜

6月25日、アッパーミディアムセダン&ワゴン(アバント)である『アウディA6』の新型が日本でも発表された。「A6って昨夏に新型が発表されたばかりでは?」という読者諸氏もおられるかもしれないが、あちらは電気自動車の『A6 eトロン』。今回発表されたA6は、ガソリン&ディーゼルの内燃機関(ICE)搭載モデルで、まったくの別モノだ。

ここ数年、アウディの命名規則は錯綜していた。当初は、低床モデルは『A』、高床モデルは『Q』に、電気自動車は偶数、ICE車は奇数を組み合わせることになった。

6月25日に日本でも発売された新型アウディA6のアバント(右)とセダン。
6月25日に日本でも発売された新型アウディA6のアバント(右)とセダン。    アウディ・ジャパン

それゆえ2024年に発表(日本仕様は2025年に発売)されたA4後継モデルは『A5』となった。しかしこの規則は2025年2月に変更され、ボディタイプ(セダンやアバントなど)とパワートレーンのコード(eトロンやTFSI、TDIなど)で区別されることになった。

それゆえ、2025年3月にワールドプレミアされたA6の後継モデルは、従来どおりA6を名乗ることができた。命名規則が変わっていなかったら、この新型A6は恐らく『A7』と名付けられただろう。

初代A6は4代目100のマイナーチェンジ版

A6のヒストリーを簡単にふり返っておこう。

そのルーツは1968年に登場した『アウディ100』。1994年に4代目アウディ100がマイナーチェンジされた時に『A6』へと車名を変更し、これが初代A6に当たる。これも当時のアウディの命名規則変更によるものだった。今回の新型は6代目、アウディ 100からは9代目にあたる

現代まで続くA6の起源は、1968年に登場した初代アウディ100だ。
現代まで続くA6の起源は、1968年に登場した初代アウディ100だ。    アウディ

A6はアウディ100の時代から、『優れた空力性能』と『機能的でスタイリッシュなデザイン』をDNAとして受け継いできた。1982年に登場した3代目のアウディ 100は当時の量産セダンとしては世界最高レベルのCd値=0.30を達成し、機能性とデザイン性を兼ね備えた『アバント』(ワゴン)や、アウディの象徴である『クワトロ』(4WD)もラインナップに追加した。

新型A6が事実上のアウディ・フラッグシップサルーン

アウディのフラッグシップサルーンだった『A8』や5ドアクーペの『A7スポーツバック』がフェードアウトした今、この新型A6が事実上のアウディ・フラッグシップサルーンになったと言えるだろう。つい先日、大型SUVの『Q9』が発表されたが、あちらはフラッグシップとはいえSUVであり、立ち位置が少し違う。

従って、サイズもセダンでは従来型A6より全長は50mm長く、全幅は10mm幅広く、全高は15mm高くなった。ただしホイールベースは2925mmで変わらない。

今回の取材車は、セダンの『アウディA6 TFSIクワトロ200kW』。
今回の取材車は、セダンの『アウディA6 TFSIクワトロ200kW』。    平井大介

日本仕様はセダン、アバントとも2L直列4気筒ガソリンターボの『TFSIクワトロ200kW』と、2L直4ディーゼルターボの『TDIクワトロ150kW』の2グレードを設定。いずれも48Vマイルドハイブリッドと組み合わされ、7速Sトロニック(DCT)を介してフルタイムで4輪を駆動する。

記事に関わった人々

  • 執筆

    篠原政明

    Masaaki Shinohara

    1958年生まれ。某自動車雑誌出版社をめでたく? 卒業し、フリーランスのライター&エディターに。この業界に永くいるおかげで、現在は消滅したものを含めて、日本に導入されている全ブランドのクルマに乗ってきた……はず。クルマ以外の乗りものもけっこう好きで、飛行機や鉄道、さらには軍事モノにも興味があるらしい。RJC会員。
  • 撮影 / 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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