3台の新型マセラティに見たラグジュアリーブランドの矜持(前編)シンプルではなくピュアであること【不定期連載:大谷達也のどこにも書いていない話 #8】

公開 : 2026.08.24 17:05

エンジニアと自動車専門誌編集者という経歴で膨大な取材量を持つ大谷達也による、『どこにも書いていない話』を執筆する不定期連載です。第8回は、イタリアで取材した3台の新型マセラティについて、その前編です。

参加前に抱いていたちょっとした不安

マセラティに招かれて、フェイスリフトを受けた『グラントゥーリズモ』、『グランカブリオ』、『グレカーレ』の国際試乗会に参加してきた。

場所はヴェネツィアに近いイタリアのトリエステ。クロアチア国境に近いこの港町は、第一次世界大戦までハプスブルグ家が統治するオーストリア=ハンガリー帝国に属しており、同国の主要な貿易港、造船の中心地として栄えたという。

フェイスリフトを受けた右からマセラティ・グラントゥーリズモ、グランカブリオ、グレカーレ。
フェイスリフトを受けた右からマセラティ・グラントゥーリズモ、グランカブリオ、グレカーレ。    マセラティ

私は今回、初めてこの地を訪れたが、イタリアともひと味異なるエキゾティックな街並みと開放的な雰囲気が印象的で、観光地としても人気を博している理由の一端が飲み込めたような気がした。

ところで、今回の試乗会に際しては、ちょっとした不安を抱いていた。3台のデザインが、もともと持っている魅力がフェイスリフトによって損なわれていないか心配だったのだ。

現在、マセラティのチーフデザイナーを務めているのはクラウス・ブッセ。ドイツ生まれのブッセはメルセデス・ベンツジープ、FCAなどのデザイナーを歴任したのち、2015年に現職に就いた。したがって現行ラインナップのMCプーラ、グレカーレ、グラントゥーリズモおよびグランカブリオは、すべて彼の作品と考えて頂いていいだろう。

余計なデザイン要素を極力減らし、無駄のない美しさを表現

ブッセのフィロソフィーは明快だ。余計なデザイン要素を極力減らし、無駄のない美しさを表現すること。その一語に尽きる。

彼の考え方に共感する私は、これまで何度かインタビューしたことがあるが、その際に私が「マセラティのシンプルなデザインが好きです」という主旨のことを述べたところ、ブッセはその言葉をやんわりと否定した。

現在マセラティのチーフデザイナーを務るクラウス・ブッセ(写真はフェイスリフト前のモデル)。
現在マセラティのチーフデザイナーを務るクラウス・ブッセ(写真はフェイスリフト前のモデル)。    マセラティ

「私はシンプルよりもピュアという言葉を好みます」。ブッセはそう語り始めた。

「なぜなら、シンプルにはポジティブな意味とネガティブな意味の両方があるからです。そして、シンプルという言葉のポジティブな解釈がピュアであると、私は理解しています」

彼に言わせると、シンプルとはなにもない状態、もしくはなんの工夫もされていない状態を意味するのかもしれない。したがって、シンプルというだけでは、人に感動を呼び起こすのは難しい。

それとは対照的に、ピュアには間違いなく核となる考え方やアイデアがある。そうした考え方やアイデアの周囲にまとわりつく無駄を徹底的に削ぎ、純粋な形として取り出した姿が『ピュア』なのだろう。

だから、ピュアなデザインには人の心を揺り動かす力がある。いや、作り手の考え方やアイデアが純粋な形で表現されているから、見る者に訴えかける力はより強いともいえる。また、そうした純粋な作品は時を経ても色あせることがないので『タイムレス』という言葉を当てはめることもできる。

記事に関わった人々

  • 執筆

    大谷達也

    Tatsuya Otani

    1961年生まれ。大学で工学を学んだのち、順調に電機メーカーの研究所に勤務するも、明確に説明できない理由により、某月刊自動車雑誌の編集部員へと転身。そこで20年を過ごした後、またもや明確に説明できない理由により退職し、フリーランスとなる。それから早10数年、いまも路頭に迷わずに済んでいるのは、慈悲深い関係者の皆さまの思し召しであると感謝の毎日を過ごしている。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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