保たれたのは澄み切った純度 3台の新型マセラティに見たラグジュアリーブランドの矜持(後編)【不定期連載:大谷達也のどこにも書いていない話 #8】

公開 : 2026.08.24 17:10

エンジニアと自動車専門誌編集者という経歴で膨大な取材量を持つ大谷達也による、『どこにも書いていない話』を執筆する不定期連載です。第8回は、イタリアで取材した3台の新型マセラティについて、その後編です。

ピュアな形を保ったまま生まれ変わっていた

ところで、ここのところマセラティのセールスは決して好調とはいえない。私にすれば、それは(前編で述べた)『水のうまさ』を感じられる人が少ないことのほうに問題があるのだが、経営陣からすれば、そんな悠長なことは言ってられないだろう。

「純度を多少落してでも、多くの人にわかりやすいデザインに改めろ」と、経営陣がデザイナーに向けてそうした指示を飛ばすことは、自動車界では決して珍しくない。私がトリエステに飛ぶ前に恐れていたのは、そのような事態だった。

今回のフェイスリフトでは、主にフロントマスクの意匠に手が加えられた。
今回のフェイスリフトでは、主にフロントマスクの意匠に手が加えられた。    マセラティ

けれども、マセラティの経営陣は『自動車の美しさ』というものを、さらにいえばブッセの作品の価値をよく認めていたようだ。おかげでグラントゥーリズモ、グランカブリオやグレカーレのデザインは純度を落とすことなく、ピュアな形を保ったまま生まれ変わっていたのである。

今回のフェイスリフトでは、主にフロントマスクの意匠に手が加えられたが、それはヘッドライト下側へ水平に伸びるキャラクターラインを付け加えることで、フロントのデザインをよりシャープに見せることを狙ったものだ。

これを彼らは『シャークノーズデザイン』と呼んでいた。ノーズを横から見たときの形がサメの鼻先に似ているからだろう。そして、このラインの下側に位置するエアインテーク類も、複数のアイテムをひとつにまとめ上げることで、全体としてはシンプル、いやピュアに見せる方向に手直しされていた。

いずれもブッセの作品の純度を落とすのではなく、むしろ純度を高めるための作業だったと言える。

クルマ作りの基本はグラントゥーリズモ

走りに関する領域についても、基本的には同じスタンスが貫かれた。

マセラティのドライビングダイナミクスには、ブッセのデザインと同じように、明確な個性がある。同じモデナ近郊で生まれたフェラーリランボルギーニがスーパースポーツという価値を第一義に考えてきたのとは対照的に、マセラティのクルマ作りはグラントゥーリズモを基本としてきた。

イタリアでグランカブリオをテストドライブ中の筆者。
イタリアでグランカブリオをテストドライブ中の筆者。    マセラティ

したがって高いパフォーマンスを目指しつつも、快適性にも配慮する。この点にこそ、マセラティの個性はあるといっていい。

そのため、サスペンションの初期ストロークはハンドリングを犠牲にしない範囲でしなかやかに設定する。そうして快適性を確保する一方で、ドライバーがブレーキングによってフロント荷重の姿勢を作り出せば、それまでの穏やかな反応とは別物のレスポンスを示し、シャープなターンインを可能にする。つまり、マセラティにはドライバーの意思にシャシーが呼応するセッティングが施されているのだ。

しかし、こうした玄人好みのハンドリングもまた、多くのドライバーには伝わりにくいようだ。もっと敏感で、刺激が強いハンドリングのほうがわかりやすく、支持者が得やすいのかもしれない。

けれども、ロングドライブで疲れにくく、長年乗り続けても飽きがこないのは、マセラティのようなハンドリングではないのか。私には、そんな風に思える。

記事に関わった人々

  • 執筆

    大谷達也

    Tatsuya Otani

    1961年生まれ。大学で工学を学んだのち、順調に電機メーカーの研究所に勤務するも、明確に説明できない理由により、某月刊自動車雑誌の編集部員へと転身。そこで20年を過ごした後、またもや明確に説明できない理由により退職し、フリーランスとなる。それから早10数年、いまも路頭に迷わずに済んでいるのは、慈悲深い関係者の皆さまの思し召しであると感謝の毎日を過ごしている。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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