イメージを覆す強烈な姿 メルセデス・ベンツ 190E 2.5-16 エボリューションII(1) そびえ立つリアウイング 勝利へ向けた本気
公開 : 2026.11.08 17:45
ドイツのツーリングカーレース優勝を目指し誕生した、メルセデス・ベンツ 190E 2.5-16 エボリューションII。過激な容姿ながら、操縦性は意外なほど落ち着いているようです。UK編集部が魅力を探ります。
もくじ
ーモータースポーツと縁の深いDNAを宿すサルーン
ーラリー以外のモータースポーツから撤退した過去
ー大ヒットした190E 2.3-16
ー1989年後半に着手されたエボリューションII
ーメルセデスのイメージを覆すほど強烈な姿
モータースポーツと縁の深いDNAを宿すサルーン
カメラマンが、鼻息荒く岩の斜面を登る。黒いサルーンでカーブを攻める筆者へ、トランシーバー越しに注文が来る。「もっと、ドラマチックに見えるよう走ってください」
スタート地点へ戻り、パワーを展開する。かなり気張ったつもりだが、狙い通りのテールスライドには至らない。何度か繰り返し、彼の期待するコーナリングを決められたものの、惹き込まれるような体験とはいえなかった。

見た目と裏腹に、メルセデス・ベンツ 190E 2.5-16 エボリューションIIは、フーリガン的なクルマではない。モータースポーツと縁の深いDNAを宿すが、目一杯のカウンターステアで踊らせるのは、性に合っていない。限界付近での許容量も広くはない。
ラリー以外のモータースポーツから撤退した過去
とはいえ、ドイツ・ツーリングカーレース(DTM)を前提に生み出された、限定生産のホモロゲーション・モデル。実に魅力的なサルーンだといえる。
当時は「規定数を間違いなく量産しています」と答えつつ、メーカーが生産数や性能を誤魔化すことが珍しくなかった。だがメルセデス・ベンツは、ルールブックが定めるレギュレーションへ忠実だった。少々、挑戦的な姿勢だったが。

歴史を遡ると、メルセデス・ベンツは1955年のル・マン24時間レースで、多くの犠牲者を出すクラッシュを起こしている。ピエール・ルヴェー氏の駆る300 SLRが、観客席へ突っ込んだのだ。これを機に、同社はラリー以外のモータースポーツから身を引いた。
1980年代に入ると、新しいコンパクトクラスの190Eで、世界ラリー選手権への参戦計画が進められる。しかし、アウディが四輪駆動のクワトロを投入し、勢力図は一変。1982年以降はグループBのモンスターマシンが凌ぎ合い、計画変更へ迫られる。
大ヒットした190E 2.3-16
その頃、コスワースが手を加えたM102型エンジンを搭載した、グループA仕様の190E 2.3-16の開発も進んでいた。これは1983年のドイツ・フランクフルト・モーターショーで発表。DTMを始めとする、サーキットでの戦いへ本格的に舵は切られていく。
グループAのレギュレーションでは5000台の生産が要件だったが、190E 2.3-16は大ヒットし、1984年から1988年までに1万9487台がラインオフ。その後190E 2.5-16へ交代し、1989年に進化版の190E 2.5-16 エボリューションが登場する。

4気筒エンジンは、高回転型へ改良するべくボアとストロークが変更され、2498ccから2463ccへ縮小。公道仕様では、自然吸気ながら206psの最高出力が引き出された。
トランスミッションは、2速の真下が3速となる、ドッグレッグパターンの5速。ハイドロニューマチック技術を用いた、車高調整システムも備わった。
画像 驚くほどジェントル&コンフォート メルセデス・ベンツ 190E 2.5-16 エボリューションII W206とW520型Cクラスも 全113枚




















































































































