脳内で6速MTと認知 フェラーリ 12チリンドリ・マヌアーレ 孤高のメーカーが、速さを犠牲にして純粋な楽しさを追求 8速DCTを見事に制御

公開 : 2026.11.06 18:05

フェラーリ 12チリンドリへ設定された「マヌアーレ」。脳内で6速MTと認知するほど8速デュアルクラッチATの制御は見事で、極めて直感的で挙動の乱れ1つありません。UK編集部が驚きの新技術を体感します。

知らなければ本物の6速MTだと勘違いしそう

フェラーリ 599 GTBの開発経験を持つ年長テストドライバーたちは、12チリンドリ・マヌアーレのプロジェクトに心が強く動かされたとか。車内へ響くシフトゲートの金属音は、気持ちを若返らせるものだったという。

シフトノブは美しいアルマイト仕上げの球形で、直径は48mm。ところが、12チリンドリにマニュアル・ユニットが与えられたわけではない。従来の8速デュアルクラッチATが、トランスアクスル配置で搭載されている。機械的なリンクも存在しない。

フェラーリ 12チリンドリ・マヌアーレ(欧州仕様)
フェラーリ 12チリンドリ・マヌアーレ(欧州仕様)

いわば、これはフェラーリにとっての1つの転換点といえる。孤高のメーカーが、速さを犠牲にして純粋な楽しさを追求した結果だと表現できる。今後のこの技術の展開は未知数ながら、ハイブリッド・モデルにも対応するそうだ。

というわけで、イタリア北部のバロッコ・テストコースで、1速を選び発進。クラッチペダルの奥に備わるセンサーをもとに、8速ATの2枚のクラッチは緻密に繋がりが制御されているが、知らなければ本物の6速MTだと勘違いしていたかもしれない。

12チリンドリの魅力を構成する重要な要素

本物のMTが採用されなかった理由は、いくつかある。そもそも、69.0kg-mの大トルクへ耐えるシングルクラッチ・ユニットは、パガーニ用以外にほぼ存在しない。

そして8速デュアルクラッチATは、12チリンドリの魅力を構成する重要な要素でもある。このユニットは、電子制御LSDとトルクベクタリング機能、ABSまでが統合された高度なもの。「スリップ・コントロール」による、滑沢な操縦性の根幹にある。

フェラーリ 12チリンドリ・マヌアーレ(欧州仕様)
フェラーリ 12チリンドリ・マヌアーレ(欧州仕様)

フェラーリの技術者、ラファエレ・デ・シモーネ氏は、この8速ATがなくなっても12チリンドリが崩壊するわけではないが、われわれが知る12チリンドリではなくなると説明する。そこで、バイワイヤ制御でMTのように扱えるシステムが生み出された。

V12エンジンの始動直後から、シフトレーバーは1速のゲートへ軽く吸い込まれる。これが、本物とは異なる手がかりだろう。フルードが既に温かいように、滑らかだ。

830psを誇る現代のマニュアル・フェラーリ

さらに感覚を探ると、クラッチペダルを緩めてエンジンと結ばれる際に感じ取れるであろう、手応えがない。低回転の大排気量エンジンが車重を徐々に受け止めていく、独特な感覚も薄い。すべてが、極めて精緻で漸進的にある。

よほど不器用に扱えば、エンストさせることは可能。だが550 マラネロで、V12エンジンを3ペダルで操る幸福感を記憶している人には、少し淡白に感じられるかも。

フェラーリ 12チリンドリ・マヌアーレ(欧州仕様)
フェラーリ 12チリンドリ・マヌアーレ(欧州仕様)

それでも、テストコースを5分も走れば印象は変る。クラッチペダルやシフトレバーのスムーズなタッチと、カチカチという金属音が、非常にリアルな感覚を醸し出していることへ気付く。最高峰の技術力を物語るように、中途半端なギミックとはまるで違う。

筆者の脳内で、本物の6速MTが載った12チリンドリだと認知し始める。これは830psを誇り、0-100km/h加速を2.9秒でこなす、現代のマニュアル・フェラーリだ。

記事に関わった人々

  • 執筆

    リチャード・レーン

    Richard Lane

    役職:ロードテスト副編集長
    2017年よりAUTOCARでロードテストを担当。試乗するクルマは、少数生産のスポーツカーから大手メーカーの最新グローバル戦略車まで多岐にわたる。車両にテレメトリー機器を取り付け、各種性能値の測定も行う。フェラーリ296 GTBを運転してAUTOCARロードテストのラップタイムで最速記録を樹立したことが自慢。仕事以外では、8バルブのランチア・デルタ・インテグラーレ、初代フォード・フォーカスRS、初代ホンダ・インサイトなど、さまざまなクルマを所有してきた。これまで運転した中で最高のクルマは、ポルシェ911 R。扱いやすさと威圧感のなさに感服。
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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