AUTOCARアワード2019予選 真のアイコン選手権 決めるのはあなた(前編)

公開 : 2019.03.16 09:45  更新 : 2019.06.03 08:54

ランドローバー(シリーズとディフェンダー

2016年1月29日、ソリハルから最後のディフェンダーがラインオフすると、国中が悲しみに包まれることとなった。今秋には完全なニューモデルが登場する予定であり、多くの情報がそれを裏付けてもいるが、先代ディフェンダーの生産終了に際して、多くのひとびとが、映画俳優のロジャー・ムーアが亡くなった時と同じような郷愁を感じ、その目を涙で潤ませていたのだ。

他のスタッフはそれぞれ自らが選んだモデルを支持するだろうが、彼らの多くがひとつやふたつは、ランドローバーにまつわる思い出を持っているはずであり、このクルマは彼らにとっても特別な存在だ。

フランケルはシリーズ3でテストにパスしており、同じくルパートはこのクルマで家の解体を行っている。プライアーはディフェンダー90でラリーに参加し、わたしは北大西洋を3kmほど横断したことがある。そして、読者のみなさんにもそれぞれ、この愛すべき「ランディ」との思い出があるに違いない。

すべてのスーパーカーをフェラーリだと思っているようなひとでさえ、ランドローバー特有のアップライトなフォルムや、1948年登場のシリーズ1から続くフロントフェンダーの曲線といった特徴は、その外ヒンジ式ドアや、丸目2灯のヘッドライトと同じく、2016年モデルのディフェンダーにも容易に見つけ出すことができるだろう


均整のとれたランドローバー独特のシルエットは必要の産物であり、美意識から生み出されたわけではない。

このユーティリティモデルは、戦後の輸出拡大を図る政府の意向に従い、ローバーのサルーンモデルを補完するための暫定的な製品として開発されたのであり、多くの既存部品を使うことで、開発期間の短縮とコスト低減を図るとともに、当時貴重だったスチールの使用を極力抑えるため、そのボディにはアルミニウムを使用していた。だが、こうした困難にもかかわらず、初代ランドローバーは革新的なモデルでもあったのだ。

多用途性というキーワードのもと、数えきれないほどのボディ形状をもつランドローバーは、農業や消防、建設、レスキュー、復興、さらには救急車両としても活躍することとなり、そのエンジン出力は鋸刃や脱穀機、耕運機や溶接機といったものにまで活用されていた。

世界中の冒険家たちにもランドローバーは選ばれるとともに、驚異の6×6モデルや、トラックバージョン、さらには水陸両用モデルといった特別車両が、朝鮮戦争からアフガニスタンまで、多くの戦場で活躍していた。

デビューと同時にランドローバーは世界中で大ヒットとなり、最初に作られた25万台のうち、じつに74%が輸出向けだった。さらに、チリ、ガーナ、スリランカ、ニュージーランドやフィリピンといった、数えきれないほど多くの国々で、現地組立キットによる車両生産が行われたことが、このクルマの構造のシンプルさと、メインテナンスの容易さを物語っている。

ソリハルのベテラン従業員、ロジャー・クラットホーンは、「なんの飾り気もないこのクルマには、森の中がお似合いです」と話す。長くディフェンダーとはそうしたクルマであり、最近でこそ、その出自を隠して、エアコン付きで街を主な生息地とするディフェンダーが増えてはいるものの、これは、1980年代初頭に登場した豪華なカウンティと呼ばれるモデルで、このクルマをファミリーカーにしよう考えたランドローバーのアイデアが、ようやく日の目を見たということにすぎない(それでも、「豪華」というのはあくまで他のランドローバーと比べてということであり、最初の110カウンティでは、ラバーペダルとマッドフラップ、そしてバック灯がラグジュアリーの証しだった)。

68年にも及ぶその生産期間中に、200万台以上のディフェンダーが作り出されているが、なかでも最大の変化は、1983年、リーフスプリングに替えてコイルが導入されたことだろう。1990年にディフェンダーの名が登場した時でさえ、その基本骨格はほぼオリジナルモデルを踏襲していた。

このクルマよりも長い歴史を持ち、販売台数でも大きく上回るモデルも存在するが、大量生産された車両で、これほどの伝統を受け継いでいることは特筆に値するだろう。

現役当時、ランドローバーがアイコンと呼ばれることはなかったが、このクルマは農家や建築業者、レスキュー隊、消防隊や兵士にとっての相棒であり、非常に愛されたファミリーカーでもあったのだ。
(リチャード・ウェバー)

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