グッドウッドのコースに帰郷 オースチン・ヒーレー100 明かされた歴史 後編

公開 : 2019.11.02 16:50  更新 : 2020.12.08 10:56

巡り合わせでレストアを担当したオースチン・ヒーレー100。調べていくと、個人としては初めてグッドウッド・サーキットを戦った歴史的なクルマであることが判明。そして2019年、グッドウッドで見事な復帰を果たしました。

もくじ

1周間前に塗り上がったボディ
当時の記憶を残したカタチでのレストア
当時の様子を感じ取れる車内
故郷に戻ったヒーレー100の活発な走り

1周間前に塗り上がったボディ

text:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
photo:James Mann (ジェームズ・マン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
クラシックカーの専門店を営むビル・ロールズがレストアを手掛けたオースチン・ヒーレー100。グッドウッド・サーキットの名物でもある、屋根に「Super Shell」と記された建物の前を、ロードスターが勢いよくダッシュする。

印象的なライトブルーのボディは、ロンドンモーターショーでのクルマをイメージしたもの。見るからに真新しい雰囲気を漂わせるが、塗装の仕上げはこの取材の1周間前に終了したばかりだという。

オースチン・ヒーレー100
オースチン・ヒーレー100

1954年当時を模した45番の丸いゼッケンステッカーは、貼られてから1日も経っていない。ビル・ロールズの息子、ジャック・ロールズは「ナンバープレートの位置も同じにしてあります。フロントのナンバーはビスで直接ボディに取り付けました」 と話す。できるだけ忠実に復元することを目指したという。

1954年10月にシェールは、100Sを購入するためにヒーレー100を売却。当時のクルマの説明には、高圧縮ピストンを含む、「フル・ル・マン・キット」が組み付けてあると記してあったそうだ。このヒーレーは、100Mにも用いられていた公式の高性能パーツを装備したクルマの可能性を示していた。

DNH828に取り付けられたキットの内容は、長いインテークマニホールドと大きなSUキャブレターに、ハイカム。インテークマニホールドは今もそのまま付いている。「クルマの前方にはクロスブレースバーが付いているのですが、良く見ると変形しています」 と匿名のオーナーが話す。

「エンジン本体は降ろさずに、カムシャフトだけを交換したのですが、少しエンジンを持ち上げた時にブレースに当てて曲げたようです。レストアされた他のヒーレーは、どれも真っ直ぐなのに」

当時の記憶を残したカタチでのレストア

通常グリーンに塗られるべきエンジンブロックだが、オーナーが同じく所有するシャシーナンバーが10番若いクルマと同様に、赤色に塗られていたという。「恐らく、赤に塗られたオースチンのエンジンのストックを利用して、初期のクルマは組み立てられたのではないかと思います」

明確な証拠がないため、ビル・ロールズは一般的なグリーンで塗装した。「詳しい情報がわかれば、またその時に改めようと思います。(高性能キットの)部品はセミ・ワークス状態として、このヒーレーでテストされたのでしょう」 ビルが話す。

オースチン・ヒーレー100
オースチン・ヒーレー100

両親がディーラーを営んでいたことでメーカーとの強いつながりがあり、シェールは「フル・ル・マン・キット」を一足先に手に入れられたのかもしれない。特にレースに参加する意思が強かったことも影響しているだろう。

コクピットは質素だが、仕上げ自体の質感は高い。2ピースに分かれているダッシュボードにはメーターが綺麗に並ぶ。ちなみに、後にダッシュボードはプレス成形の1ピースに変更された。基本的にはオリジナルのままで、経年を感じさせる。

「可能な限りレストアでは当時の状態や記憶を大切にしようと考えました。かつて、初めてのオーナーのシェールが眺めていたメーターと同じものだという事実が気に入っています」 だが、ロールズもオーナーも、オリジナルを保つためにすべてを犠牲にする考えは持っていない。

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