部品を外され、哀愁漂うアイダホのクラシックな廃車 40選(後編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2025.11.09 11:45

米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、冬になると寒さが厳しいアイダホ州を訪れ、1940年代から2000年代の幅広い乗用車・商用車を撮影してきました。

ダッジ・コロネット・シエラ(1952年)

廃車を撮影する際の取材班のルールは、決して何にも触れないことだ。ドアやトランクが開いていれば、その状態で撮影する。同様に、後部座席から人形が脱出しようとしていても、救助作戦は行わない……。

人形が逃げ出そうとしているこのクルマは、1952年式ダッジ・コロネット・シエラの4ドア・ステーションワゴンという希少車種だ。生産台数はわずか4000台である。

ダッジ・コロネット・シエラ(1952年)
ダッジ・コロネット・シエラ(1952年)

ハドソン(1946年)

誰かがこの車両のルーフに「’46ハドソン」とメモ書きしており、こういう情報は取材する側としては本当に助かる。コモドアかスーパーシックスかの判別までしてくれればなお良かったのだが。多くのメーカー同様、第二次大戦終結後にハドソンは1942年モデルを再発売した。目立った変更点はグリルだけなので、この角度から見ればほぼ同一だ。

ハドソン(1946年)
ハドソン(1946年)

スチュードベーカー・チャンピオン(1950年)

この1950年式スチュードベーカー・チャンピオン4ドアをじっくり観察したが、ボディ構造はしっかりしていて健全だった。徐々に部品が剥ぎ取られていく様子は残念である。誰かの手にかかれば素晴らしいレストア車になったかもしれない。

スチュードベーカーは1950年に32万884台を販売した。これは同社の年間販売台数としては史上最高記録であり、全米19ブランド中8位を誇った。このうち約27万台がチャンピオンであった。

スチュードベーカー・チャンピオン(1950年)
スチュードベーカー・チャンピオン(1950年)

ナッシュ・アンバサダー・スーパー(1956年)

ジムズ・ヴィンテージ・オートモーティブにはナッシュ車が特に多いが、この1956年式アンバサダー・スーパーは特に目を引いた。グリルとフロントバンパーの状態、そしてクロームの輝きに注目してほしい。部品が良きオーナーの元へ渡ることを願う。

ナッシュ・アンバサダー・スーパー(1956年)
ナッシュ・アンバサダー・スーパー(1956年)

オールズモビル(1940年)

このオールズモビルはほぼすべての部品が剥ぎ取られている。それでも、頑丈なフェンダーはまだ誰かの役に立つに違いない。オールズモビルは1940年、累計100万台の販売を達成し、初のオートマティック・トランスミッション搭載車を発売したばかりだった。GMが2004年にブランドを廃止するまでに、オールズモビルの総販売台数は3500万台に達した。

オールズモビル(1940年)
オールズモビル(1940年)

ナッシュ・アンバサダー・カスタム(1953年)

グリルが欠けているため、このナッシュ・アンバサダー・カスタムの製造年を特定するのは難しいが、1953年と推測する。カスタムモデルはスーパーモデルの標準装備に加え、電気時計、自動室内照明、ツートーンのインテリアを備えた豪華な仕様だった。

ナッシュ・アンバサダー・カスタム(1953年)
ナッシュ・アンバサダー・カスタム(1953年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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