アリゾナの太陽に灼かれる日米欧の廃車 40選(後編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2025.07.20 19:25

米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、砂漠気候のアリゾナ州で見つけたクラシックな日本車・欧州車・アメ車を紹介します。保存状態の良いものも多くありました。

シボレーコルベット – 1985年

このジャンクヤードには、本当にさまざまなモデルが混在していた。1985年製のシボレー・コルベットもその好例だ。

ヘッドライトを除いて、かなり良い状態に見える。さらにフロントガラスに書かれたメモによると、走行も可能なようだ。全体として、3500ドル(約50万円)の希望価格を考えると、かなりお買い得に思えた。

シボレー・コルベット - 1985年
シボレー・コルベット – 1985年

(翻訳者注:この記事は後編です。前編と合わせてお楽しみください。)

ダットサン280ZX

ダットサン280ZXは、それまでの280Zを全面的に再設計したモデルだ。より大きく、より重く、より快適になり、当初はやや懸念の声もあったものの、米国の自動車購入者には歓迎された。1984年には後継の300ZXが登場した。

ダットサン280ZX
ダットサン280ZX

オースチン・アメリカ – 1968年

ご覧のとおり、デザート・バレー・オートパーツには2台のオースチン・アメリカがあった。このファミリーカーは、1960年代を通して英国でベストセラー車となっていた。

しかし、その名前にもかかわらず、アメリカは米国人の心をつかむことはなく、1968年から1972年の間の販売台数は6万台にとどまる。この車両は2500ドル(約37万円)で販売されていたが、奥に見える茶色の個体はさらに1000ドル(約15万円)高かった。

オースチン・アメリカ - 1968年
オースチン・アメリカ – 1968年

アウディ・フォックス – 1974年

米国およびオーストラリア市場ではアウディ・フォックスとして知られているが、その他の国ではアウディ80として販売されていた。

フォルクスワーゲン傘下で開発された最初のアウディ車の1つで、パサートをベースにしていた。世界中で110万台以上が販売され、その約10%が米国に輸入された。この個体の製造年である1974年には2万6453台が販売されている。

アウディ・フォックス - 1974年
アウディ・フォックス – 1974年

メルセデス・ベンツ220S – 1964年

この魅力的な1964年製の220Sを含め、ジャンクヤードには20台以上のさまざまな年代のメルセデス・ベンツが置かれていた。

この車両には腐食はほとんどなく、フロントに軽い衝突による損傷がある以外、走行に問題はないように見えた。しかし、残念ながら部品取り車としての価値の方が高かったようだ。

メルセデス・ベンツ220S - 1964年
メルセデス・ベンツ220S – 1964年

メルセデス・ベンツ190 – 1958年

こちらも、徐々に部品が取り外されている、希少なベンツだ。1958年製のメルセデス・ベンツ190(W121)の「ポントン」セダンで、17万2000台が製造されたうちの1台だ。この車は、1.9Lの4気筒エンジンを搭載し、最高出力は76psだった。

メルセデス・ベンツ190 - 1958年
メルセデス・ベンツ190 – 1958年

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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