【ポルシェ911 3.0 RSR】1975年ル・マン総合6位 ニック・フォーレとの再開 前編

公開 : 2020.11.08 07:20  更新 : 2020.12.08 18:45

11度のル・マン参戦という偉業を持つ英国人レーサー、ニック・フォーレ。トップレースでの勝利を目指した、ポルシェ911 3.0 RSR。1975年のル・マンで総合6位入賞のドライバーとマシンが、夢の再会を果たしました。

もくじ

旧知の仲のフォーレと911 3.0 RSR
レンブラントを売ってポルシェを購入
カレラRS 2.7で16度以上の勝利
グループ3用のホモロゲ・スペシャル
334psとスポンサーを獲得した3.0 RSR

旧知の仲のフォーレと911 3.0 RSR

text:Greg Macleman(グレッグ・マクレマン)
photo:Olgun Kordal(オルガン・コーダル)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

  
7月下旬の正午過ぎ。日差しが容赦ない。鳥のさえずりすら聞こえない。路面からは熱気が塊のように漂い、息苦しく感じる。

そんな真夏の沈黙を破るように、彼方から水平対向6気筒エンジンのブリッピングがこだまする。積極的にシフトダウンを決めているに違いない。

ポルシェ911 3.0 RSR(1974年)
ポルシェ911 3.0 RSR(1974年)

木のトンネルの中を、白いボディに黒いホイールの911が抜けてくる。ボクサー6の唸り声が、周囲を包む。アクセルペダルを操り、タイヤをスライドさせながら視界から消えていく。筆者も思わず顔がほころぶ。

このレースマシンとドライバーは、旧知の仲。レース経験を積んできたお互いにとって、特別なスタイルの走り方ではない。世界で最もエキサイティングな耐久レース、ル・マン24時間レースを一緒に闘った間柄だ。

ドライバーの名前は、ニック・フォーレ。今ではポルシェの愛好家としても知られている。そしてレースマシンの名前は、ポルシェ911 3.0 RSR。シュツットガルトで誕生したスポーツレーサーの中でも、最も鋭い自然吸気マシンの1台だ。

ニックと3.0 RSRがル・マンをともに闘ったのは1975年。偶然が生んだ、巡り合わせだった。

「ある日、祖母の物置小屋で、小さなエッチングの版画作品を見つけました。アルブレヒト・デューラーの作品の中に、レンブラントの作品も紛れていました。93歳と高齢で、母と一緒に暮らしていたんです」

レンブラントを売ってポルシェを購入

「レンブラントのエッチングが欲しいと祖母に聞いてみると、もちろんよ、と。そしてオークションのクリスティーズへ行き、大金を手に入れました。レーサーのヴィック・エルフォードにポルシェが用意したマシン、GVB 911Dの4分の3の金額を」

残りの金額は、ディーラーのモルティン・カーズの名目でレースへ参戦するという条件で、工面された。「レンブラントが、わたしをレースに導いてくれました」。フォーレが振り返る。

ポルシェ911 3.0 RSRとニック・フォーレ
ポルシェ911 3.0 RSRとニック・フォーレ

彼はポルシェ911をすぐに乗りこなし、高い評判を獲得。ポルシェの英国代理店、AFN社とのコネクションを得る。「当時は、タイヤすら買えませんでした。1年前のタイヤを履いていましたが、結果は良かったんです」。と笑うフォーレ。

その頃、ポルシェの技術者は911のレースマシン開発を進めていた。911 Sでの実力を確証し、クルマは911 Rへと進化。グラスファイバー製のウイングにプレキシガラスの窓、アルミニウム製のドアが与えられ、内装が省かれた軽量なポルシェだ。

ところがGTクラス参戦に必要な生産数には届かず、911 Rが実際に作られたのは24台のみ。しかし1973年、ポルシェ911レースマシンが活躍するチャンスが巡ってくる。

当時ポルシェ917は、世界スポーツカー・チャンピオンシップとカナディアン・アメリカン・チャレンジカップ、カンナムで圧倒的な強さを見せていた。その917を締め出すべく、レギュレーションが更新されたのだ。

新しいレースマシンの名前は、過去に活躍したカレラ・パナメリカーナから引用。パワフルなフェラーリ・デイトナとデ・トマソ・パンテーラに太刀打ちできる性能が目指された。

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