【ジャイアント・キラー】MG J4レーサー ブガッティやアルファに挑んだベビーK3 前編

公開 : 2020.11.15 11:50  更新 : 2020.12.08 08:18

小柄な優等生、MG Jタイプ。1930年代の欧州で、格上のライバルに果敢に戦いを挑んだブリティッシュ・スポーツです。タツィオ・ヌヴォラーリがドライブする格上のMG K3とも渡り合った1台を、ご紹介しましょう。

もくじ

MG新時代の幕開けを告げたJシリーズ
小さなエンジンに軽量なシャシー
戦前のレースで活躍したベビーK3
9台のみが手作りされた特別なレーサー

MG新時代の幕開けを告げたJシリーズ

text:Mick Walsh(ミック・ウォルシュ)
photo:John Bradshaw(ジョン・ブラッドショー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
世界恐慌を迎えた1930年代。冷え込んだ経済状況は、スポーツカーにとっても逆風だった。

英国MGを支えた天才デザイナー、セシル・キンバーは、Jタイプというアイデアで困難な状況に挑んだ。クラシカルなスタイリングにファブリック・ボディを備えたMタイプから、大きな飛躍といえるモデルだった。

MG J4レーサー(1932〜1933年)
MG J4レーサー(1932〜1933年)

3000台以上を製造し、モータースポーツで多くの成功を収めていたMタイプ。その戦いで得た知見は、惜しみなくJタイプへと注がれた。

MG Jタイプの中で、J1は4シーター。2シーターとなるJ2のスタイリングは、英国製スポーツカーの雰囲気を高めていた。ル・マン・マシンのようなディテールは、MG新時代の幕開けを告げるようですらあった。

長く伸びたボンネットに、肘の周りが深く切り取られたドア。かまぼこ型のフロントガラスが、1対備わる。サイクルフェンダーがタイヤを覆い、12ガロンのランドセルのような燃料タンクが、スペアタイヤと一緒にリアに固定されている。

レーサーでデザイナーの、フレディ・マーチから影響を受けたことは間違いないだろう。燃料キャップはクイックリリース・タイプ。スリムなラジエターを覆うフロントノーズや、ワイヤーホイールもクルマを凛々しく引き締めている。

スポーティさに欠ける直径8インチの小さなブレーキが、幅の細い19インチのタイヤから覗く。当時199ポンドという価格にしては、魅力的なパッケージングだった。

小さなエンジンに軽量なシャシー

シンガーやウォルズレー、HRG、アストン マーティンといったライバルが、容姿の似たライバルモデルをリリース。MG Jタイプに追従した。

847ccの4気筒エンジンは、ミジェット譲り。2ベアリングのクランクシャフトを備え、クロスフローのヘッドを載せる。セミ・ダウンドラフトのSUキャブレターを2基搭載し、5500rpmで36psを発生させた。

MG J4レーサー(1932〜1933年)
MG J4レーサー(1932〜1933年)

軽量な4速トランスミッションのシフトノブはリモート化され、操作しやすい位置に伸びている。1速はかなり低いギア比で、584kgという軽い車重と組み合わさり、ラリー競技などに最適だった。ロータスのエンジニア、ゴードン・マレーも、認める内容だろう。

フレームは、剛性を高めるため補強。チューブラー・タイプのエンジンマウントや、錫を含むリン青銅を用いたリーフスプリングのガイドなども特長だった。

エンジンルーム後方のバルクヘッド部分にルブリケーターを設け、スプリングやブレーキ、ステアリング系を効率的に潤滑。整備性を高めている。レーサーの場合、ラジエターやヘッドライトに、ストーンガードも追加された。

世界恐慌にもめげず、MG J2は成功を収めた。しかし、メーカーが主張する128km/hの最高速度に届かないことが判明。MGに詰め寄ったオーナーには、無償で追加の12km/hぶんのチューニングが施された。

完成度が高く、容姿も良いJ2は、MGを象徴する新しいモデルへと成長。比較的安価だったこともあり、2000名以上のオーナーへと渡り、爽快なドライビング体験を提供した。

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