【英国市場に挑戦したアメ車たち】クライスラー・ネオン AMCペーサー 後編

公開 : 2021.08.07 17:45

クライスラー・ネオン

アメリカ車らしくないボディサイズと排気量を与えられた、クライスラー・ネオン。英国市場や日本市場へ、アメリカの自動車メーカーが本気で価値あるモデルを提供しようとした、初の乗用車だといえる。

クライスラーは、1996年に英国で500万ポンドもの巨費を投じてネオンの広告キャンペーンを展開。すぐに約2万件の問い合わせと、約2000台の注文を集め、広告は途中で打ち切りとなった。

クライスラー・ネオン(1994年)
クライスラー・ネオン(1994年)

1万3000ポンド程度のライバル、フォード・エスコートに対し、同等価格のネオンにはツイン・エアバッグにABS、ATとエアコンが与えられ装備は充実。意外なほど需要は高かったようだ。

初期の購買意欲は非常に強く、英国のディーラーはイリノイ州の工場へ直接ネオンを発注するほど。しかしマーケティングの効果は長続きせず、英国の自動車メディアはネオンの弱みをあぶり出した。

当時のAUTOCARでは、「価格価値は良い。だが動的性能では、欧州製の競合モデルに匹敵しません」。と紹介している。2003年には高性能なR/T仕様として152psのネオンも登場するが、以降の販売は伸びず。ネオンは過去のものとなってしまった。

マニアな小ネタ:衝突試験の結果、米国道路安全保険協会はネオンを米国で売られている最も危険なクルマとしてランク付け。とどめを刺した。

ポンティアック・パリジェンヌ

スエズ危機がローバー・ミニの生産に影響を与えてから5年後、ロンドンに拠点を構えるアメ車の輸入代理店は、ホイールベースが短めのクルマなら英国人に売り込めると考えたらしい。ボディは巨大でも。

カナダ・オンタリオ州のGM工場で生産されたパリジェンヌは、アメリカの基準でいってもフルサイズ。車重も当時としてはかなり重く、1.7tを超えていた。

ポンティアック・パリジェンヌ(1962年)
ポンティアック・パリジェンヌ(1962年)

4640ccのV8エンジンは172psを発揮していたが、1962年に自動車雑誌が行ったテストの結果では、0-97km/h加速に要した時間は13.7秒。最高速度は153km/hに留まった。

映画俳優やロックスターなら、そんな足取りも気にしなかったかもしれない。超軽量なパワーステアリングに、素晴らしく滑らかなGM自慢のパワーグライドATを搭載。大都市の大通りで、壮観な存在感を放つためのクルマといえた。

英国人歌手、シラ・ブラックのような美声を湛えていたかはわからないが、パリジェンヌのギア比は低く、M1号線を走るとエンジンは高回転になりがち。トップギアに入れても、2000rpmで73km/hくらいしか出なかった。

マニアな小ネタ:当時の試乗レポートでは、ポンティアックの超軽量なパワステのおかげで、止まっていても指1本でステアリングホイールを回せると記されていた。しかしロックトゥロックは5回転と、かなりスローだ。

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