トヨタのピックアップトラックにダットサンも 乾燥した大平原で見つけた日米欧の廃車 40選(後編) ジャンクヤード探訪記

公開 : 2026.03.22 11:45

米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、クルマの保存に有利なコロラド州の乾燥地帯を訪れ、アメ車だけでなく日本車や欧州車などを撮影してきました。

トヨタSR5(1977年)

初期のトヨタ製ピックアップトラックには熱心なファンが多いが、こちらは20Rエンジン搭載の1977年式SR5という人気のモデルだ。「SR」はスポーツラリーを意味し、「5」は5速マニュアル・トランスミッションを示す。2.2Lの20Rエンジンは最高出力95psを発生し、トヨタ車の耐久性の高さを米国市場に知らしめた。雑草が生い茂り塗装も褪せているが、かなり多くの部品が揃っている。復活させるのに大した手間はかからないだろう。

トヨタSR5(1977年)
トヨタSR5(1977年)

クライスラー・ニューヨーカー(1992年)

クライスラー・ニューヨーカーは誕生以来、さまざまな変遷を遂げてきた。この1992年式の個体は、それを如実に物語っている。1939年にデビューした当時、ニューヨーカーはクライスラーの最高級モデルの1つであり、堂々たる風格を備えた大型の高級後輪駆動車だった。しかし、1990年代初頭にはCプラットフォームに載せられ、構造の大半をダッジ・ダイナスティと共有し、3.3L V6エンジンで前輪駆動となっていた。

確かに快適で装備も充実していたが、1950年代や1960年代の威厳あるニューヨーカーとは程遠い存在だった。この名称は1996年を最後に消えてしまった。

クライスラー・ニューヨーカー(1992年)
クライスラー・ニューヨーカー(1992年)

シボレー・ハンディマン150(1954年)

この1954年式シボレー150ハンディマンは、約8500台しか生産されなかった希少車だ。高級仕様の210やベルエアのワゴンよりもさらに珍しい。シボレーのエントリーモデルで、飾り気のない質素で働き者のファミリーカーだった。この簡素な仕様ゆえ、現代ではレストア対象として目立たないかもしれない。内装は荒れ、ガラスもひび割れているが、肝心な部分はしっかりしている。レストアするなら理想的な個体だ。

シボレー・ハンディマン150(1954年)
シボレー・ハンディマン150(1954年)

ダッジ・ランページ

1982〜1984年のダッジ・ランページは、クライスラーが燃費重視時代に手掛けた乗用車ベースのピックアップトラックである。シボレー・エルカミーノやフォード・ランチェロと同じニッチ市場を狙っていたが、アプローチは大きく異なる。前輪駆動で、小型車のオムニ/ホライゾンのプラットフォームをベースとし、V8エンジンではなく2.2L直列4気筒エンジンを搭載。3年間でわずか約2万4000台しか生産されなかったため、現存車は極めて少ない。

ダッジ・ランページ
ダッジ・ランページ

ダットサンB210

ダットサンB210(他の地域ではサニーとして知られる)は、1970年代半ばの燃料価格高騰に直面した米国で17km/L以上の低燃費を実現した、まさに時代にマッチしたクルマだ。数百万台が販売されたが、現存するものは少ない。ほとんどは錆で朽ち果てたが、この1台は物理的な損傷で廃車となったようだ。押しつぶされたルーフは、横転事故を暗示している。

ダットサンB210
ダットサンB210

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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