シトロエンが導いた過小評価 マセラティ・カムシン 折り紙デザインのグランドツアラー 後編

公開 : 2022.12.10 07:06

初代ギブリの後継として登場したカムシン。ハイドロの信頼性が足を引っ張ったマセラティを、英国編集部が振り返ります。

全体に漂うひと癖が印象的な雰囲気を生む

マリオ・トッツィ・コンディヴィ氏がオーダーし、英国での広告塔の役目を終えたマセラティ・カムシンは売りに出された。ところが5速MTが故障。その修理と一緒に、イメージ一新のためボディはレッドに塗られ、インテリアはタンで仕立て直された。

現在のオーナーは、1986年にレッドとタンのカムシンを購入。近年、英国のブランド専門ガレージ、マクグラス・マセラティ社によってオリジナルのブラウンとグリーンという配色に戻されている。

マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)
マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)

果たして、その仕上がりには息を呑む。色の組み合わせに、一瞬目がついていけなくなる。色覚が落ち着くと、魅惑的なスタイリングが訴えてくる。

デザイナーのマルチェロ・ガンディーニ氏は、新しいクライアントのために過去のデザインの特徴を反復することもあったが、カムシンは独創的。Cピラーのルーバーに隠れた給油口は、ランボルギーニ・エスパーダでも見られたものだが。

従来的な感覚でいえば、完璧な美しさではないかもしれない。全体に漂うひと癖が、一層印象的な雰囲気を生んでいる。ボンネット上の左右非対称に切られたエアベントは、その好例だろう。ボンネットの印象を弱めつつ、適度なアクセントになっている。

北米仕様では、衝突安全性のために求められた5マイル・バンパーとテールライトの位置変更で、オリジナルの美しさが乱されていた。だが英国仕様のカムシンは、余計な影響をまったく受けていない。

ガンディーニの傑作。これ以上、カムシンを美しくすることは不可能に思える。

市街地の速度域でも驚くほど扱いやすい

インテリアは、ボディほど心に響くことはないかもしれない。鮮烈なグリーンのレザーに見慣れると、造形としての妥協も発見できる。ボクシーなデザインは当時の流行だったが、細部まで追求された印象はない。

ダッシュボードの上部は合成皮革。ネジの頭が露出している。ダッシュボード中央へ乱雑に並べられたスイッチ類の品質も、高いとはいえないだろう。

マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)
マセラティ・カムシン(1973〜1983年/英国仕様)

ドライバーの正面には、沢山のアナログメーターがレイアウトされる。ステアリングコラムは角度調整でき、油圧で動くシートのおかげで、快適なドライビングポジションを見つけやすい。1970年代のエキゾチック・モデルとして、人間工学は優秀だ。

リアシートは付いているが、笑ってしまうほど狭い。その奥には荷室が広がる。スペースセーバーのスペアタイヤはラジエターと一緒にフロントノーズへ載っているが、想像ほど大きなカバンは積めないようだ。グローブボックスも小さく、小物入れは殆どない。

キーを捻るとV8エンジンのサウンドが車内に充満するものの、鼓膜が圧倒されるほどではない。見た目の印象を裏切るほど、市街地の速度域でも扱いやすい。シトロエンSM由来のステアリング構造によって、ステアリングホイールは非常に軽く回せる。

ただし、ハイドロの油圧が充分に上昇しSTOPと記された警告灯が消えるまで、発進してはいけない。同年代の高性能イタリアンのように運転できないと、ドライバーの気持ちへ釘を刺す。

記事に関わった人々

  • 執筆

    リチャード・ヘーゼルタイン

    Richard Heseltine

    英国編集部ライター
  • 撮影

    リュク・レーシー

    Luc Lacey

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋健治

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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