140台のフェラーリが御殿場に集合 デイトナSP3も登場 FOCJフェラーリ・ブランチ 2024

公開 : 2024.03.30 10:55

フェラーリ・ブランチ・ヒストリー

フェラーリ・オーナーが自らの跳ね馬と共にガーデンにつどい、親睦を深めるイベントとして親しまれてきたのがフェラーリ・ブランチだ。タンタローバ・ガーデン(元ヴィンテージカー・ガーデン)を舞台に特別なプログラムはなく、クルマの周りでフェラーリ談議に花を咲かせ、ブランチを楽しんで解散といういたってシンプルな集まりといえる。

フェラーリ・ブランチはフェラーリ・ミュージアムを主宰していた松田芳穂氏が1986年にまだ少数派だったフェラーリ・オーナーに親睦の場を提供するためにスタートした。以来年を追うごとに参加台数が増え、過去に最高で400台が集まったこともあった。

数少ないプログラムのひとつが集合写真の撮影だ。あいにくの曇天だったが、富士山が姿を現してくれた。
数少ないプログラムのひとつが集合写真の撮影だ。あいにくの曇天だったが、富士山が姿を現してくれた。    上野和秀

一時期休止していたフェラーリ・ブランチたが、2014年にフェラーリ・オーナーズ・クラブ・ジャパン(FOCJ)との共催で復活し、2019年からはFOCJのクラブ・イベントとして開催され、春を告げる定番イベントとして親しまれている。

今年は全国から140台のフェラーリが集まり、どんよりとしたあいにくの曇天だったが富士山も姿を見せ雨が降ることはなかった。メンバーたちは早春のブランチを楽しんでいた。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    上野和秀

    Kazuhide Ueno

    1955年生まれ。気が付けば干支6ラップ目に突入。ネコ・パブリッシングでスクーデリア編集長を務め、のちにカー・マガジン編集委員を担当。現在はフリーランスのモーター・ジャーナリスト/エディター。1950〜60年代のクラシック・フェラーリとアバルトが得意。個人的にもアバルトを常にガレージに収め、現在はフィアット・アバルトOT1300/124で遊んでいる。
  • 編集

    戎大介

    Daisuke Ebisu

    1972年生まれ。学生時代はゲージュツを志すもネコ・パブリッシングの関連企業に就職し、個人売買情報誌クアントや通信販売SCENA、自社広告などの制作に携わる。その中で取材/撮影から執筆/デザイン/編集までを1人で完パケする仕事スタイルを確立し今に至る。現在は甲府は湯村温泉で半ば隠者となりながら、当サイトのスペシャルショップと常磐ホテルSNS更新で命脈をつなぐ。写真機材はクルマメディアの現場では他に出逢わないPENTAX。

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