【フォルクスワーゲンに何が起きたのか?】#2 コースの種類も数もケタ違い!ドイツのプルービンググラウンドに潜入

公開 : 2025.05.08 11:45

フローリアン・ウンバッハの出迎え

話の順番が前後したが、この日、エーラ=レッシエンで私を出迎えてくれたのは、事前に行ったリモートセッションで私が「ゴルフ8」と名指しにした途端に態度が微妙に変化したエンジニアで、名前をフローリアン・ウンバッハという。

フローリアンは出迎えてくれただけでなく、ゴルフGTIの助手席に私を乗せて、様々なコースを激走してみせた。その腕前は実に確かなものだったが、それもそのはず、フローリアンはヘッド・オブ・フォルクスワーゲン・ビークルダイナミクスという要職に就いているのだ。つまり、フォルクスワーゲン・ブランドのビークルダイナミクスについて全面的な責任を負っているのが、このフローリアンだったのである。

この日、出迎えてくれたエンジニア、フローリアン・ウンバッハ(右)と筆者。
この日、出迎えてくれたエンジニア、フローリアン・ウンバッハ(右)と筆者。    大谷達也

彼は、ときおりコースの特徴を教えてくれたりするが、クドクドとした説明は一切なし。「そんなことしなくても、私と一緒に走っていれば、すべて理解できるよな?」と言わんばかりの様子だった。

確かに、彼がエーラ=レッシエンに招いてくれた理由は、彼に解説されなくても理解できた。それは「私たちはここまで条件が厳しいプルービンググラウンドで日々テストを重ねている。フォルクスワーゲンの製品(注:エーラ=レッシエンではフォルクスワーゲン・ブランドだけでなく、フォルクスワーゲン・グループのすべてのブランドがここで様々な試験を行っている)が優れているのは、当然のことなのだ」というものだろう。

彼の主張は、ゴルフ8以前のフォルクスワーゲン製品で私が経験してきたことと完璧に一致している。では、なぜゴルフ8は、フォルクスワーゲンらしからぬ微振動を残したまま発売されたのだろうか。

これについてフローリアンが腰を落ち着けて語り始めたのは、本社の広報担当と3人で夕食のテーブルを囲んだときのことであった。

(#3へとつづく/5月9日昼頃公開予定)

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    大谷達也

    Tatsuya Otani

    1961年生まれ。大学で工学を学んだのち、順調に電機メーカーの研究所に勤務するも、明確に説明できない理由により、某月刊自動車雑誌の編集部員へと転身。そこで20年を過ごした後、またもや明確に説明できない理由により退職し、フリーランスとなる。それから早10数年、いまも路頭に迷わずに済んでいるのは、慈悲深い関係者の皆さまの思し召しであると感謝の毎日を過ごしている。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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