僕が「工具」を愛する理由 クルマとは異なる満足感 英国記者の視点

公開 : 2025.07.03 18:45

工具は、自分の手であらゆるものを制作・修理するための「入口」となります。作業のやり方も、タイミングも、自分で自由に決められます。ただ、クルマを愛する感覚とは少し違う。AUTOCAR英国記者コラムです。

自分で手を動かす喜び(クルマを直せるわけではない)

クルマの話もすぐ後でするが、まず最初に、先週、筆者(AUTOCAR英国記者)の自宅に新しい門柱を立てた話をしたい。高さは1.5mとごく普通だが、2本の門柱を背中合わせにするため、幅20cm、厚さ40cmとかなり大きめだ。

この作業にはさまざまな工具が必要だった。巻尺、T定規、水準器、ハンマー、ラチェットストラップ、チェーンソー、ドリル(ビットが長いもの)、スパナ(できればラチェット式)、クラブハンマー、プラスドライバー、コーチボルトなどなど。

工具から得られる満足感は、クルマから得られるものとは少し違う。
工具から得られる満足感は、クルマから得られるものとは少し違う。

どれか1つでも欠けていたら、作業難易度は多少難しい程度からほぼ不可能に近いレベルにまでハネ上がると思う。もし、工具が足りなかったら、筆者は作業を諦め、工具の代わりに電話を使っていただろう。

適切なツールがないために仕事をできないのは、とても苛立たしい。

その結果として、筆者は工具が大好きになった。工具そのものを愛しているわけではない。クルマを愛する感覚とは少し違う。ケータハムやインディアン・モーターサイクルのコンフィギュレーターのように、スクリューフィックスやマシンマート(いずれも英国の工具販売業者)のウェブサイトを何時間も熟読することはない。

夕方にトロリージャッキを愛情を込めて磨くようなこともない。筆者は、工具によってできることが大好きなのだ。もっとも、工具は文字通り「ツール」なので、定義上は同じことかもしれないが。

クルマから得られる感覚と似ているとしたら、工具は自由を与えてくれるということだ。物を作ることができ、それを楽しむことができる。

修理もできる。紅茶を飲みながらドラマ『イエローストーン』を観る時間が減ってしまうのが億劫だが、修理の方法やタイミング、そしてある程度は費用も自分で調整できる。そして、その過程で何かを学べるかもしれない。

工具がなければ、温室、物置小屋、ゲーム『グランツーリスモ』用のレーシングコックピット、一生使えるダイニングテーブル、2台の改造車、そしてバイク保管用の自作シェルターなど、いくつかのものは手に入れることができなかっただろう。

以前、こんな標語を見たことがある。「金持ちじゃないなら実践的になれ。良いものを創造したり維持したりするには、自分で作業するしかない」。かなり陳腐な表現だ。自己啓発の「生き、愛し、笑え」みたいなものかもしれない。でも、なんとなく理解できる。

工具のおかげで、筆者は手を擦りむき、新しい罵倒語を覚え、深刻な自己肯定感の危機に悩まされた。

しかし、ついに動かなかったものが動くようになったり、存在しなかったものが存在するようになったりした時の満足感は、何物にも代えがたいものだ。

記事に関わった人々

  • マット・プライヤー

    Matt Prior

    役職:編集委員
    新型車を世界で最初に試乗するジャーナリストの1人。AUTOCARの主要な特集記事のライターであり、YouTubeチャンネルのメインパーソナリティでもある。1997年よりクルマに関する執筆や講演活動を行っており、自動車専門メディアの編集者を経て2005年にAUTOCARに移籍。あらゆる時代のクルマやエンジニアリングに関心を持ち、レーシングライセンスと、故障したクラシックカーやバイクをいくつか所有している。これまで運転した中で最高のクルマは、2009年式のフォード・フィエスタ・ゼテックS。
  • 林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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