兵どもが夢の跡 サンビーム・アルパイン・ラリー(1) 量産車へ反映された勝利の知見

公開 : 2025.11.22 17:45

スターリング・モスも駆ったアルパイン

ルーツ・グループは、MKV 21からMKV 26の連番ナンバーで登録したアルパインを、発売直後からワークスチームに準備。シーラ・ヴァン・ダム氏はMKV 25を駆り、1953年のアルペン・ラリーで女性最上位となるクープ・デ・ダム賞を獲得した。

スターリング・モス氏はMKV 21をドライブし、3年連続で目標タイムをすべて達成。この偉業を称えるゴールドカップ賞を獲得している。

サンビーム・アルパイン(ワークスラリーマシン/1955年式)
サンビーム・アルパイン(ワークスラリーマシン/1955年式)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

この成功を追い風に、RHP 700からRHP 705の連番ナンバーが与えられた、6台の新しいアルパインが1955年へ向けて用意される。ところが、同年のル・マン24時間レースで悲惨な事故が発生。アルペン・ラリーも中止されてしまう。

妻や知人の力を借りてレストア

生産終了を控えていたアルパインのワークス・ラリーカーは、戦うことなく関係者へ売却。グレース・ケリー氏が劇中で運転したボディカラーと同じ、シルバー・ミストに塗られたRHP 700も手放されている。

「自分が所有するクルマは、グラスゴーのディーラーに渡っています。2・3年ほどモータースポーツで活躍してから売却され、更にオークションへ掛けられました」。と説明するのはRHP 700の現オーナー、ジョナサン・ブレイム氏だ。

サンビーム・アルパイン(ワークスラリーマシン/1955年式)
サンビーム・アルパイン(ワークスラリーマシン/1955年式)    ジャック・ハリソン(Jack Harrison)

1980年代には、とあるモータージャーナリストが購入し、ロンドンを走り回っていたらしい。その後、ボナムズ・オークションへ出品。ブレイムは、妻や多くの知人の力を借りながら、ワークスチーム仕様のレストアを成し遂げた。

この続きは、サンビーム・アルパイン・ラリー(2)にて。

記事に関わった人々

  • 執筆

    マーティン・バックリー

    Martin Buckley

    英国編集部ライター
  • 撮影

    ジャック・ハリソン

    JACK HARRISON

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

サンビーム・アルパイン・ラリーの前後関係

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