フランスが誇る世界最大の自動車博物館 シテ・ド・ロトモビル訪問記(前編) 奇妙な卵型ワンオフから超高級ブガッティまで
公開 : 2026.01.25 11:25
スコット・ソシアブル(1923年)
英国人技術者アルフレッド・アンガス・スコット氏(1875-1923)は、大砲を牽引できる軍用車両としてソシアブルを開発した。しかし、軍当局からは「非対称の3輪車には関心がない」と告げられたため、彼はこれを民間車両に転用した。しかし、一般の自動車愛好家もこのクルマにはあまり関心を示さなかった。
当時、他にも3輪車は存在したが、ソシアブルでは前輪がオフセットされており、特に危険な部類に属した。スコットは約200台を製造したが、博物館によれば現存するのはわずか5台である。

ブガッティ・タイプ40(1928年)
1926年に発表されたタイプ40からは、ブガッティのあまり知られていない側面を見ることができる。超高速でも、驚くほど高価でも、露骨な豪華さもない。タイプ37の4気筒エンジンをデチューンした44ps版を搭載した、はるかに控えめなモデルだ。4年間で790台が生産された。

ブガッティ・タイプ43 (1929年)
タイプ43はブガッティの直列8気筒エンジン車シリーズの一角を占める。123psの8気筒エンジンにより最高速度約180km/hを達成。当時の多くのクルマが100km/hを超えるのに苦労していた時代において、これは驚異的な性能だった。タイプ43は高価であり、経済力のあるエリートドライバー向けに開発された。
ここに展示されている個体は、もともとベルギーのレオポルド国王の所有物であった。国王だけでなく、王妃アストリッドもまた、1930年代初頭にブガッティが製造した10台の電動タイプ56のうちの1台を運転していた。

ブガッティ・タイプ47トルペード(1930年)
ブガッティは1929年に16気筒エンジンの開発を開始した。クランクシャフト上で2基の直列8気筒を結合するのではなく、並列配置し、U字型に並ぶギアを介してトランスミッションに接続した。ここに展示されている1930年式タイプ47においては200psを発生した。
しかし、世界大恐慌の影響でプロジェクトは中止。その後、2005年にヴェイロンを発表するまで、ブガッティが16気筒車を製造することはなかった。

トラクタ・タイプEI(1930年)
フランスの技術者ジャン=アルベール・グレゴワール氏(1899-1992)は1926年、前輪駆動車が後輪駆動車と同等、あるいはそれ以上の性能を発揮できるという自身の理論を実証するためトラクタ社を設立した。彼は等速ジョイントを開発・特許取得することで、大きな動力を車輪に伝達するという課題を克服した。トラクタ車のエンジンはコンチネンタルなどの外部サプライヤーから供給されていた。
トラクタはル・マン24時間レースに複数回出場したが、優勝は果たせなかった。グレゴワール氏は1934年、採算の取れない自動車事業を閉鎖した。トラクタが8年間で製造した車両台数については意見が分かれるが、大方の推定では300台前後とされている。













































