【休日クラシック・ポルシェ・アーカイブ #35】1984年ポルシェ911SC RS 3.0(後編)「5台がロスマンズ、15台がプライベーターに」

公開 : 2026.08.30 09:11

レーシングヒストリー

1984年、プロドライブが運営するロスマンズ・ポルシェラリーチームは、極めて順調なシーズンを送っていた。欧州ラリー選手権(ERC)には新進気鋭のヘンリ・トイヴォネンを起用し、4度の優勝にくわえ2位に2回、3位に2回入賞し、1984年の欧州チャンピオンになることが確実視されていた。

しかしトイヴォネンは、世界選手権(WRC)の5戦においてワークスのマルティーニ・ランチア・チームとも契約を結んでいたのである。8月の1000湖ラリーにランチアから参戦中、背中を負傷してしまい、彼のERCの挑戦は断念せざるを得なくなり、911SC RS 3.0の栄冠は夢と潰えてしまった。

ロスマンズ・ポルシェ・ラリーチームは、欧州ラリー選手権(ERC)には新進気鋭のヘンリ・トイヴォネンを起用。4度の優勝にくわえ2位に2回、3位に2回入賞し、1984年の欧州チャンピオンになることが確実視されていた。写真はイープル24時間ラリーで優勝を果たしたH.トイボネンが駆る911SC RS 3.0。
ロスマンズ・ポルシェ・ラリーチームは、欧州ラリー選手権(ERC)には新進気鋭のヘンリ・トイヴォネンを起用。4度の優勝にくわえ2位に2回、3位に2回入賞し、1984年の欧州チャンピオンになることが確実視されていた。写真はイープル24時間ラリーで優勝を果たしたH.トイボネンが駆る911SC RS 3.0。    ポルシェ

プロドライブは、中東ラリー選手権にサイード・アル・ハジリ/ジョン・スピラー組のために911SC RSを走らせた。ハジリ/スピラー組は、911SC RSのデビュー戦となったカタール・インターナショナル・ラリーで優勝を飾ると、その後も中東シリーズでさらに2勝を果たす。シーズン中は一度も表彰台を逃すことなく戦い抜き、ハジリ/スピラー組は、見事1984年のチャンピオンに輝いた。

1984年にSC RSを走らせたもうひとつの有力チームが、ベルギーのRASスポーツだった。ドローグマンス/ヨーステン組は、ヨーロッパ・ラリー選手権で3勝を挙げたほか、ベルギー国内選手権でも1勝を勝ち取っている。チームメイトのスナイヤーズ/コルブダース組は、ベルギー国内選手権で5勝を挙げチャンピオンの座を獲得する。

その後の911SC RSの活躍

911SC RSはその後数年にわたり、ラリーで活躍を続けた。1985年以降は、新世代の四輪駆動グループBマシンにその座を脅かされる場面が増えゆく。そうしたなか、ロスマンズ・ポルシェ・チームのビリー・コールマン/ローナン・モーガン組がドニゴール・ラリーで優勝した。ターマックを得意とするベルナール・ベガン/ジャン=ジャック・レンヌ組はヨーロッパ各地で6度の表彰台を獲得し、中でもツール・ド・フランスでの2位入賞は特筆すべき成果となった。

このほかサイード・アル=ハジリ/ジョン・スピラー組が、カタール、ヨルダン、オマーンの各ラリーで勝利を収め、中東ラリー選手権における3連覇のうちの2度目のタイトルを獲得している。

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(当連載は、基本的に日曜日の午前9時11分に公開しています)

記事に関わった人々

  • 執筆

    上野和秀

    Kazuhide Ueno

    1955年生まれ。気が付けば干支6ラップ目に突入。ネコ・パブリッシングでスクーデリア編集長を務め、のちにカー・マガジン編集委員を担当。現在はフリーランスのモーター・ジャーナリスト/エディター。1950〜60年代のクラシック・フェラーリとアバルトが得意。個人的にもアバルトを常にガレージに収め、現在はフィアット・アバルトOT1300/124で遊んでいる。

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