【笹本総編集長コラム】ポルシェ356クラブの50周年を祝うイベントが開催されました
公開 : 2026.08.13 07:05
今回の笹本総編集長コラムは、自身も当初より所属する『ポルシェ356クラブ・オブ・ジャパン』が、1976年8月1日に発足して50年目に行われた記念パーティーでのエピソードです。
発足50年目の日に記念パーティを開催
今から丁度50年前の1976年8月1日に、駒沢の三越シルバーハウスで産声を上げたポルシェ356クラブ・オブ・ジャパンが、今年で遂に50周年を迎え、その記念パーティが同じ8月1日に開催された。
残念ながら、三越百貨店の迎賓館の役割を果たしていた三越シルバーハウスは既になく(編集部注:現在、同施設は駒澤大学の深沢キャンパスとなっています)、代わりに、最近、クルマ好きがよく集まる六本木のアークヒルズ・カフェが会場となった。

会場脇には、鈴木現会長がシベリアを横断して、シュツットガルトのポルシェ本社までの冒険旅行を走り切った、記念の1953年356クーペが展示された。
創設メンバーの3人が今も在籍
1976年の発足当日に集まった356は写真の通り、9台とそのオーナーおよび友人であったが、その内、3人が現在もメンバーとして健在である。
1人は第3代会長の井関純夫さんであり、もう1人は第4代会長の青山輝樹さん、そして万年事務局長の私であった。本来なら、もう1人いるはずの佐藤正敏さんが4月に亡くなられてしまったのは、返す返すも残念である。

50年前、356クラブはかくして生まれた
イベントは、その佐藤さんの追悼から始まった。乾杯の後は、何とか発掘できた発足当日の写真をスライドにして流し、それに合わせてクラブ発足の頃の356にまつわる話を3人それぞれが話し、意外な裏話も出て来て、大いに受けた。
井関さんは、街で356を見かけると、フロントウインドウに名刺を挟み、連絡を待ったという。また、当日のイベント告知は、カーグラフィック誌に小さく掲載してもらい、私はそれを見て、参加をしたと記憶している。

今のように、携帯もSNSもない時代だから、オーナーを探すのは大変だったと思う。
イベントの1週間後に井関さんの事務所の封筒で送られてきた挨拶状にオーナーリストが載っており、結局16人の初代メンバーでスタートしたことが判る。
さて、その頃の私は……
当時の私は、まだ、日本交通公社出版事業部(現在のJTB出版)の社員で、念願の356Cをやっと購入したばかりであった。
確か環八のセントラルオートに135万円で出ていたのを、当時仲良くしていたダイワ自動車に業販してもらい、少し安くしてもらって手に入れたと思う。

当時は大好きな356の単行本を作りたいと考えていて、後に356クラブの初代会長となる漫画家の佃公彦さんの356Bスーパー90を撮影させていただいたりしていた。
しかし、当時356の本は、出版しても数多くが売れるはずもなく、それなら、まずは、原資を稼ぐために売れる本を作ろうという事で、『スカイラインGT-R』の豪華本を作っている最中であった。
そして、この日から約1ヵ月後の9月5日に全国の日産プリンスのディ―ラーで発売したところ、バカ売れしたことから、ビジネスに目覚め、サラリーマンを辞めて、ネコ・パブリッシング専業となったのである。
しかし、それから50年後の今でも356の本は製作しておらず、見果てぬ夢のままとなっている。









































