フォードGT x フェラーリF430(1) 同時期を生きた、異なるアプローチの傑作V8ミドシップたち シルエットは1966年優勝マシンを彷彿

公開 : 2026.11.01 17:45

フォード100周年を記念した、クラシカルな姿のGT。高度な技術が詰め込まれた、同時期のフェラーリF430。アプローチは異なりますが、いずれも同時代の傑作V8ミドシップたちです。UK編集部が2台の魅力を再確認します。

衝撃的だった1966年のル・マンでのフォード優勝

1966年のフォード優勝は衝撃的だった。それから58年間、ル・マン24時間レースでフェラーリは勝利することがなかった。もっとも、F1での成功は揺るぎなく、市販モデルの販売は順調に伸び、ブランドの未来へ深刻な影響はなかったといえるが。

フォードがレースで勝利を重ねても、フェラーリはエキゾチックカーの代名詞へ成長してきた。公道で他を圧倒する存在感を放ち、ベンチマークになってきた。V8エンジンをミドシップした、308 GTBを1975年にリリースして以降は特に。

レッドのフェラーリF430と、グレーのフォードGT
レッドのフェラーリF430と、グレーのフォードGT    マックス・エドレストン(Max Edleston)

しかし、2003年に創業100周年を迎えたフォードは、1966年の闘志に満ちたスピリットを失っていなかった。周年を祝う際、未来志向のコンセプトカーを発表したり、人気モデルへ記念仕様を設定することが通例だが、彼らは自らの歴史へフォーカスした。

開発へ大きく貢献したカリフォルニアのサリーン

当時のフォードで、製品開発を率いたのはクリス・セオドア氏。クライスラー在籍時には、ミドシップ版バイパーの計画を進めていたが、ダイムラーとの合併で中止へ追い込まれていた。このアイデアの起源には、シェルビー・コブラとフォードGT40があった。

フォードへ移籍後、彼はボルボの買収へ参画。欧州へ向かう飛行機の中で、GT40の復活というアイデアを、同乗していた経営陣に提案したという。1999年のことだった。

レッドのフェラーリF430と、グレーのフォードGT
レッドのフェラーリF430と、グレーのフォードGT    マックス・エドレストン(Max Edleston)

2002年のデトロイト・モーターショーでGT40のコンセプトカーは発表され、開発は本格的にスタート。クラシカルなスタイリングは、量産モデルと殆ど変わらなかった。

100周年の記念イベントが2003年6月に控えており、走行可能なプロトタイプは、そこへ間に合わせる必要があった。プロジェクトは「ペチュニア」と名付けられ、急ピッチでの開発へ大きく貢献したのが、アメリカ・カリフォルニア州のサリーン社だ。

別の企業が取得していた「GT40」の商標権

マスタングのチューニングを得意としたサリーンは、2000年に自ら開発したスーパーカー、S7を発表。出色の性能を秘め、レースでも確かな結果を残していた。

GTのアルミ製スペースフレーム・シャシーは、明らかにS7の設計へ影響を受けたもの。同社はアメリカ・ミシガン州に新しい工場を用意し、ボディの製造も請け負っている。

フォードGT(2004〜2006年/北米仕様)
フォードGT(2004〜2006年/北米仕様)    マックス・エドレストン(Max Edleston)

ただし、「GT40」の商標権は別の企業が取得しており、利用が難しかった。提示されたライセンス料は、当時で4000万ドルだったという。もっとも、新型の全高は40インチではなく44インチ(約1118mm)あり、必然性はなかったのだが。

ご登場願ったGTは、BBS社製アルミホイールに、レーシングストライプなどを得たフルオプション。低く構えたスムーズなシルエットは、1966年のマシンを彷彿とさせる。

記事に関わった人々

  • 執筆

    チャーリー・カルダーウッド

    Charlie Calderwood

    英国編集部ライター
  • 撮影

    マックス・エドレストン

    Max Edleston

    英国編集部フォトグラファー
  • 翻訳

    中嶋けんじ

    Kenji Nakajima

    1976年生まれ。地方私立大学の広報室を担当後、重度のクルマ好きが高じて脱サラ。フリーの翻訳家としてAUTOCAR JAPANの海外記事を担当することに。目下の夢は、トリノやサンタアガタ、モデナをレンタカーで気ままに探訪すること。おっちょこちょいが泣き所。

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