初めてのクルマが1995年式『ランチア・デルタ』! イタリア車好きの家庭で醸成された「購入しても大丈夫」という感覚 世間が期待するトラブルは皆無?

公開 : 2026.11.01 11:45

9月27日に開催された『フリーモーターミーティング』に1995年式のランチア・デルタHFインテグラーレ・エボルツィオーネIIコレツィオーネで参加したオーナーを、高桑秀典が取材します。初めて購入したのが、このデルタだったそうです。

2012年に最初のマイカーとして購入

自動車関連の仕事をしている高橋さん(取材時年齢36歳/高ははしごだか)は、愛知県から栃木県に引っ越したことを機に、9月27日に開催された『第124回フリーモーターミーティング』(FMM)に初めて参加した。

愛車は1995年式のランチア・デルタHFインテグラーレ・エボルツィオーネIIコレツィオーネで、限定250台中131台目の個体となる。このクルマが高橋さんにとって最初のマイカーで、2012年の暮れに購入した。

高橋さんの1995年式ランチア・デルタHFインテグラーレ・エボルツィオーネIIコレツィオーネ。グループAタイプヘッドライトやターマック巻きのマッドフラップは自作した。
高橋さんの1995年式ランチア・デルタHFインテグラーレ・エボルツィオーネIIコレツィオーネ。グループAタイプヘッドライトやターマック巻きのマッドフラップは自作した。    高桑秀典

当初は、就職してひとり暮らしが始まり地域的にクルマが必須という状況になって、繋ぎの1台として、価格の安い個体に本命のクルマを購入するまで乗るか? と思ったそう。しかし、どうせいろいろイジってお金を使ってしまうだろうな……と考え直して、最初から一番欲しいクルマを迎え入れることにした。

22歳で臆することなくデルタを購入したのは、実家にあるクルマたちによって、イタリア車に対する親しみや購入しても大丈夫という感覚が醸成されていたからである。

高橋家では父親が1985年にベルトーネX1/9を新車で購入し、1998年に1990年式ランチア・テーマ(フェイズ2)を増車。このイタリア製4ドアセダンが、ファミリーカーとなった。

しかしテーマは、近所のスーパーに母親が買い物に行ってバックで駐車中している時に、スロットルワイヤーが切れてフルスロットルになったこともあり、購入してから3年で廃車にしたそうだ。

ランチア好きになるのは必然の家庭環境

その後父親は、2006年に1994年式テーマ・ターボ16V LS(フェイズ3)を大手インターネットオークションにて9万9000円で購入。当初9万8000円で出ていたが誰も落札しなかったらしく、再出品されたら1000円アップになっていたが、これは買わねばと思った父親が、菓子折りと仮ナンバーを持参して出品者の家まで取りに行った。

そのような家庭で育った高橋さんがランチア好きになるのは必然で、ヤングタイマーを購入することに対する不安は皆無であった。

スピードライン・モンテタイプのアルミ鍛造ホイールは、ランチアクラブジャパンの企画品だ。
スピードライン・モンテタイプのアルミ鍛造ホイールは、ランチアクラブジャパンの企画品だ。    高桑秀典

「デルタはレーシーなイメージが強いものの、内装がアルカンターラだったりして、硬軟両用のクルマだと思います。サーキットを走った後にスーツに着替えれば、フォーマルな場に乗っていくことすらできます。引っ越しに使ったこともあります」

サンデーメカレベルの知識や道具でトラブル時に対応できるケースが多く、世間が期待するデルタあるある的な苦労話は良くも悪くもないそう。実際に乗り始めて、意外によく造られている、しっかり考えられている部分がある、理想的な運転をすれば結構速いことに感心したそうだ。

「イジってみると開発に関わった人たちの顔が浮かんできて、こういう意図があってこの部分をこうしたんだな、と明らかに感じられます。完成形がグループAワークスマシンなので、競技用ホモロゲパーツでの作業性を優先したレイアウトになっている部分は、整備性が悪かったりしますけどね」

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    高桑秀典

    Hidenori Takakuwa

    1971年生まれ。デジタルカメラの性能が著しく向上したことにより、自ら写真まで撮影するようになったが、本業はフリーランスのライター兼エディター。ミニチュアカーと旧車に深い愛情を注いでおり、1974年式アルファ・ロメオGT1600ジュニアを1998年から愛用中(ボディカラーは水色)。2児の父。往年の日産車も大好きなので、長男の名は「国光」。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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