2台のスーパーカー・キング、ブガッティEB110、故郷への旅

公開 : 2017.04.30 00:00

当時としてはハイテクだった工場跡

警備員が旧組み立て工場のドアの鍵を開けると、トロンビは黙りこくった。天井のガラス越しに見える空は、ターコイズからオレンジへのグラデーションを描いている。かつて人々が希望を抱いて忙しく働いていた場所が、今や廃墟だ。ピットには瓦礫やオイル、水が溜まり、モニターは死んだまま。天井から吊るされた作業ユニットには、今も点検ランプや工具用のエア・コネクターが備わっている。窓の向こうに目をやれば、エンジン工場の壁に巨大な「EB」のモノグラムが見える。

「当時としては、とてもハイテクな工場だった」とエツィオ。「エンジンのテスト装置はエアコンの動力を兼ねていたし、使うオイルはすべて環境に優しい生分解性のもの。ロマーノはガーデニングが趣味だったから、敷地にはいつも花が咲いていた」

トロンビがここで働いていたのは20年近く前だが、最後の日のことは鮮明に覚えている。「土曜の朝、12人のチームでル・マン・カーの準備をしていたとき、メイン・ゲートがロックされた。われわれは塀を乗り越えて外に出たんだ。あれから今日まで、ここに来ることはなかった」

日が暮れて廃墟感がいっそう強まってきたなか、3台のEB110がゆっくりと歩を進める。無法者が侵入し、この奇妙な静寂をブチ壊していたとしても不思議はないだろう。しかし驚くことに、けっして豊かではない地方にありながら、工場は破壊や落書きを免れてきた。

モデナ近郊のスタンドで給油。2台で4つの燃料タンクがあるので、作業は4人がかりだ。

日の丸が壁に……

エツィオを説得して、懐中電灯を手に本社棟にも入らせてもらった。白い大理石の廊下の先は、かってタイプ35が展示されていたレセプション・エリア。書架の「Old Cars」や「Yachting」が埃をかぶり、訪問者記録の最後は95年7月だ。EB110の東京発表会(94年4月13日)を記念した日の丸の旗が壁に飾られている。壁のヒビは地震のせいだろう。円形のショールームに入ると、タイプ59のホイールをモチーフにした天井が印象的。片隅にはカゴ一杯のエスプレッソ・カップが洗わないまま放置されている。「エットーレ・ブガッティの胸像もあったのだが、盗まれてしまった」とエツィオ。「ロマーノはショールームで演説することがあったが、従業員の8割にとってそこは立ち入り禁止の場所だった」

GTに付けられた「EB」のモノグラム(組み合わせ文字)はエットーレの時代から受け継ぐもの。


2階には設計室があり、そこでの最後のプロジェクトはイタリア軍向けの4WDオフローダーだった。「設計室の仕切りはすべて可動式で、スタッフが月曜に出社するたびに部屋が大きくなったり小さくなったりしていた」。最上階のアルティオーリの執務室でわれわれが見つけたのは、モデナの銀行家の名刺だけ。エツィオがこう振り返る。「何年もの間、私はしつこい訪問者たちに煩わされてきた。そのなかにアルゼンチン人がいたのだが、後にそれがホラチオ・パガーニだとわかった。彼はゾンダを生産する場所を探していたのだ」

この記念碑的な施設を再活用する計画は、シルク工場にすることを含めていくつもあった。ローマの弁護士が格安で手に入れて今も所有しているが、将来はまだ決まっていない。在庫のシャシーやスペアパーツは、倒産時のオークションでモナコ・レーシング・チームのジルド・パストール(ヴェンチュリーの現オーナー)が買い取り、すぐにダウアーに転売。16台の20フィート・コンテナに詰めて、列車でドイツに送った。それを使ってダウアーは数台のEB110を生産している。

SSは31台だけ生産され、うち1台はアルティオーリのために作られたものだった。

当時のスタッフが活躍するBエンジニアリング

静かな田舎町に見えるカンポガリアーノだが、ブガッティとのつながりが完全に途絶えたわけではない。モデナに戻る前に、われわれは何の変哲もない倉庫のような建物に立ち寄った。そこはBエンジニアリングのワークショップだ。なんと6台のEB110が整列しているではないか! 数個のカーボンファイバー製のモノコック、5台分のスペアパーツもある。さらにロータス・エリーゼ、錆びたシトロエンDS、カウンタックのシャシーが並び、そして片隅にはゴールドのエドニスがある。EB110をベースにBエンジニアリングが後輪駆動に改修したクルマだ。「2000年のジュネーブ・ショーでこれを発表した。エンジンはSSのV12だが、4基のターボを大径のツイン・ターボに換えている」とBエンジニアリングの共同経営者、ジャン・マルク・ボレルが語る。ブガッティ・アウトモビリSpAでアルティオーリの右腕だった男だ。

EB110を生産した4年間で何がハイライトだったのか? ボレルに聞いてみた。「93年にドイツのアウト・モーター・ウント・シュポルトがスーパーカーの比較テストを掲載した。南仏にあるグッドイヤーのテスト・コースで、ミハエル・シューマッハがフェラーリF40ジャガーXJ220、ポルシェ・ターボ、そしてわれわれのEB110を乗り比べるというものだったのだが、あれは特別な思い出だ。シューマッハはEB110をとても気に入り、自分用に買うことを決めたのだからね。彼がイエローのEB110を受け取りに工場にやって来たときのことも忘れられない。SSだが内装はGT仕様。この組み合わせは2台しか存在しない」

関連テーマ

おすすめ記事

 
最新試乗記

ブガッティの人気画像