【パリで活躍した日本人自動車画家】追悼 吉田秀樹 アウトガレリア・ルーチェ企画展

公開 : 2020.03.13 06:10

ナルディ、ボーグも

年を追うごとに吉田さんの顧客は増えていき、それに相俟ってフランスを始めとするヨーロッパのコレクターたちとの交流も始まった。

クラブ・フェラーリ・フランスが主催するイベントにも招待されるようになり、クラシックカーやフェラーリの様々なイベントのポスターも手がけるようになった。

吉田画伯が最も好んで描いたのは、ピニンファリーナのデザインや、レースで活躍したコンペティツイオーネのフェラーリだった。
吉田画伯が最も好んで描いたのは、ピニンファリーナのデザインや、レースで活躍したコンペティツイオーネのフェラーリだった。

自動車史に名を残す特別なクルマ達にも実際に触れる機会が多くなり、吉田さんの世界は広がっていった。

フェラーリやアルファ・ロメオのステアリング・ホイールのメーカーとして著名なブランドであるナルディは、吉田さんの作品を起用して豪華なカレンダーを制作。

また歴史あるファッション誌ボーグが高級自動車雑誌である“Auto in VOGUE”を創刊すると、毎号吉田さんの作品を掲載した。

クルマと輝いた生涯

1970年に初めてヨーロッパを旅行し、1971年から2019年までの長きに渡ってパリを中心に活動した吉田さんは、自動車が最も美しく輝くことができた最後の時代に、いっしょに輝くことができた幸福なエンスージァストだったと思われる。

しかし、作品の創造は大変なことで、吉田さんは画室に長時間こもって、集中して精緻で透明感のある作品を描き続けた。丹精込められた作品ゆえに、肉体の疲労も並大抵ではなかったのだろう。惜しくも2019年9月に早過ぎる逝去となった。

フェラーリのオーナーから所有するクルマを描いて欲しいという依頼によって描かれたディーノ。出来上がって渡されるまで、注文主はどんな角度から描かれた作品なのか知ることはなかった。
フェラーリのオーナーから所有するクルマを描いて欲しいという依頼によって描かれたディーノ。出来上がって渡されるまで、注文主はどんな角度から描かれた作品なのか知ることはなかった。

今、吉田さんは中部フランスのとある村に眠っている。吉田さんは、人生の大半を過ごしてきたフランスで永遠に過ごすことを選んだ。

アウトガレリア ルーチェの活動は、吉田秀樹さんの企画展から始まった。17年前のことである。それ以来、年3回の企画展を催し、今回で47回目だが、アウトガレリア ルーチェの活動も、今回の追悼展で1つの円環を閉じたような感慨がある。

この「追悼 吉田秀樹展」は5月10日まで開催されているので、吉田秀樹氏のファンにとっては見逃せまい。

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