サーキットから公道へ ジャガーDタイプとアストン マーティンDB3S 前編

2019.10.13

100字サマリー

ジャガーDタイプとアストン マーティンDB3Sという、史上最高傑作の1台と讃えられるスポーツカーを揃えて高速道路を快走した英国編集部。当時のレーサーの言葉とともに、個性的な2台を振り返ります。

もくじ

レースで優勝し、そのまま公道へ向かったマシン
レシプロ戦闘機のような2台
機能性最優先のアストン マーティン
コーナリング性能に優れたシャシー
減退的な雰囲気が漂うDタイプ

レースで優勝し、そのまま公道へ向かったマシン

translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

1950年代の半ば、最も美しいスポーツカーと評される傑作が何台か生まれた。工具を揃えたプライベートチームでも、名門レースに出場できた時代だ。いまでもグッドウッド・フェスティバルやミッレミリアなどでは、その名残を見ることができる。

1955年にレーシングドライバーのポール・フレールは、スパ・フランコルシャン・サーキットでアストン マーティンDB3Sをドライブして優勝。2台のフェラーリ・モンツァを破り、ポールポジションからの表彰台だった。DB3Sはそのままメカニックによってサーキットの外へと自走した。

ジャガーDタイプとアストン マーティンDB3S
ジャガーDタイプとアストン マーティンDB3S

アストン マーティンはサーキットからベルギーのボードゥアン王が待つ宮殿まで向かった。「ブリュッセル・アントワープの道を走りました。DB3Sは乗員の保護装備が無く、145km/hくらいで走行するとボードゥアン王の顔が風圧で腫れてしまったんです。大丈夫か尋ねると、もっと速く走ってほしいと、サインをくれました」 とフレールは話している。

一方で、かつてジャガーのテストドライバーを務めていたノーマン・デュイス。ル・マンで優勝するとフランス各地へジャガーDタイプをドライブし、「ジャガーがやってきたぞ!」と沿道の歓声を受けることが楽しみだったという。

この公道も走れるサーキットマシンという、英国の「スポーツ・レーサー」という素晴らしさを再確認することが今回叶った。どちらのクルマも直列6気筒エンジンを搭載するが、ベースはロードカー。当時で3600ポンド(48万円)以上の値段が付いていつつ、設計思想はまるで異なる。

 
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