【休日クラシック・ポルシェ・アーカイブ #27】1977年ポルシェ935ベイビー「当時としては最も過激なグループ5レーシングマシン」

公開 : 2026.07.19 09:11

世界的な人気モデルとして支持され、サーキットでも数えきれぬ栄光の記録を刻んできたポルシェ。土日祝日の午前9時11分に公開する、そんなポルシェの足跡を膨大なアーカイブと共に振り返る連載です。#27は『1977年ポルシェ935ベイビー』です。

1977年ポルシェ935ベイビー

世界のGTレースを席巻してきたポルシェ935だが、ドイツ・レンシュスポルト・マイスターシャフト(DRM)の2リッター以上のクラスとなるディビジョン2では、ポルシェ935による圧倒的な強さから、同士の闘いとなり興行的に疑問が呈されてしまう。

主催者は様々なメーカーが参戦する2リッター以下のマシンで競うジュニアクラスのディビジョン1にもっと注目が集まるべきだと考える。そこで1977年のノリスリング戦をディビジョン1カテゴリーのみで開催することを決定した。

1977年ポルシェ935ベイビー
1977年ポルシェ935ベイビー    ポルシェ

この処置にポルシェはただ手をこまねいているわけではなく、935のディビジョン1仕様を開発することを決定する。しかし、これは簡単なことではなかった。2リッタークラスの最低重量である750kgを実現するためには、新規にエンジンを開発し、約150kgの軽量化が必要だった。

『935ベイビー』と名付けられたこの1.4リッターマシンの開発を指揮したのは、ポルシェの伝説的なエンジニア、ノルベルト・シンガーだった。彼は規則書を綿密に精査し、当時としては最も過激なグループ5レーシングマシンを考案した。

車体は750kgを目標に製作

エンジンは、わずか2ヵ月で935用エンジンの派生型を開発することになった。2リッター規制に準拠し、過給エンジンに対する1.4の換算係数を考慮すると、排気量は1425cc以下となり、これは通常の935用エンジンの半分以下であった。

ポルシェ史上最小の6気筒エンジンには、シングルターボチャージャーと2基の空冷インタークーラーを備え、最高出力は驚異的な370hpを発揮した。

デビュー戦となったDRMノリスリンク戦で圧倒的な速さを見せつけたが、マイナートラブルでリタイアに終わる。続くホッケンハイム戦では、後続に51秒もの大差をつけて優勝を果たした。
デビュー戦となったDRMノリスリンク戦で圧倒的な速さを見せつけたが、マイナートラブルでリタイアに終わる。続くホッケンハイム戦では、後続に51秒もの大差をつけて優勝を果たした。    ポルシェ

一方、車体は750kgを目標に製作された。これは、935/77の970kgをはるかに下回る重量で、規則で認められる最小限の範囲で911ターボのボディを流用。これはルーフ、ドア、フロアだった。

スティール製のフロアと前後バルクヘッドは取り払われ、代わりにフロントおよびリアサスペンション、そしてエンジンを収めるためのアルミニウム製のスペースフレームに置き換えられて、実質的にチューブラーフレームが構築された。

リアサスペンションは、新開発のセミトレーリングアームを採用。当時のGTマシンとしてはかなり攻めた設計であった。

実戦はわずか2戦のみ

ノリスリンクで開催されたDRMスプリントレースでデビューを果たしたが、急遽製作された車両だけにマイナートラブルが発生するとともに、ドライバーのジャッキー・イクスは熱中症に見舞われてしまい、レースはリタイアに終わってしまった。

レース後、『ベイビー』はシュツットガルトに戻され、3週間後にホッケンハイムで開催されるドイツGPのサポートレースとして開かれるDRM戦に向けて急ピッチで熟成が進められた。

一見すると935と変わらないように見えるが、中身は全くの別物だった。規定重量の750kgを下回るまでに軽量化されていた。
一見すると935と変わらないように見えるが、中身は全くの別物だった。規定重量の750kgを下回るまでに軽量化されていた。    ポルシェ

その努力は実を結び、ホッケンハイム戦では、イクスが後続に51秒もの大差をつけて優勝を果たした。ポルシェはBMWフォードに対して、その技術力の高さを証明したのである。目的を果たした935ベイビーは2戦を戦っただけで退き、ポルシェ・ミュージアムに展示されることになった。

(当連載は、基本的に土日祝日の午前9時11分に公開しています)

記事に関わった人々

  • 執筆

    上野和秀

    Kazuhide Ueno

    1955年生まれ。気が付けば干支6ラップ目に突入。ネコ・パブリッシングでスクーデリア編集長を務め、のちにカー・マガジン編集委員を担当。現在はフリーランスのモーター・ジャーナリスト/エディター。1950〜60年代のクラシック・フェラーリとアバルトが得意。個人的にもアバルトを常にガレージに収め、現在はフィアット・アバルトOT1300/124で遊んでいる。

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