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インディカーの技術を公道に ダラーラ・ストラダーレ 2.3直4ターボは400ps

2019.10.16

100字サマリー

インディーカーやF1を手掛けるイタリアのレーシング・シャシーのスペシャリスト、ダラーラ社による初の公道モデルが、ダラーラ・ストラダーレ。一般道では限界に迫ることができないほどの性能を備えた1台を、英国で試乗しました。

もくじ

ミウラや250GTOの開発に携わった創設者
フォード製の2.3L直列4気筒は400ps
マクラーレン・セナ以上のダウンフォース
魔法が効いているかのような接地感
公道では到達できないパフォーマンス限界
シャシーが叶える驚異的なポテンシャル
ダラーラ・ストラダーレのスペック

ミウラや250GTOの開発に携わった創設者

text:Richard Lane(リチャード・レーン)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)

 
ダラーラ社から自社初となるロードカーが登場した。このフライ級並みに軽量なマシンを理解する前に、まずはダラーラ社について触れてみたい。

ダラーラ社を率いるジャンパオロ・ダラーラの道は、ミラノ工科大学で機械工学を専攻できなかった時に決まったといえる。結果的に航空工学の道を選んだジャンパオロだが、モータースポーツには空気力学が重要だと気付いていたフェラーリへ加わる際に有利となったのだ。

ダラーラ・ストラダーレ
ダラーラ・ストラダーレ

ジャンパオロはフェラーリでF1マシンやスポーツ・プロトタイプの開発に関わる。さらに250GTOにも携わった後、マセラティへと移籍しティーポ63バードゲージなどを生み出す。

1963年、当時27歳だったジャンパオロはランボルギーニにヘッドハンティングされ、伝説のミウラを創出。3.9LのV12エンジンを横置きするというアイディアは、ミニのレイアウトに触発されたものだったという。ロータスを立ち上げたコーリン・チャップマンには及ばずとも、ミニを生み出したアレック・イシゴニスも尊敬するエンジニアだった。

ちなみに徹底した軽量化という思想はストラダーレにも受け継がれ、乾燥重量で855kgでしかない。ジャンパオロはさらにフランク・ウィリアムズと協力してデ・トマソF1の開発に取り組み、1972年にダラーラ・アウトモビリ社(ダラーラ社)を設立する。

ダラーラ・アウトモビリ社はランチアLC1や1C2ル・マン・プロトタイプなどの象徴的なクルマを生み出す。ポルシェ956を持ってしてもラップタイムでは敵わないほどの高性能を誇った。シャシー開発のリーディング企業として評価される同社だが、彼の過去は今振り返っても偉大なものだ。

 
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