1980年代の名作クーペ『いすゞピアッツァ』とベースのコンセプト『アッソ・ディ・フィオーリ』 ジウジアーロ・デザインが市販に至るまで
公開 : 2026.07.25 11:45
1981年に登場した名作クーペ『いすゞピアッツァ』は、1979年のコンセプトカー『アッソ・デ・フィオーリ』がベースです。ジョルジェット・ジウジアーロによるデザインは、いかに市販車へ至ったのでしょうか。内田俊一のレポートです。
コンセプトカーからたった2年で量産化
1979年ジュネーブ・ショーのイタルデザイン・ブースにてデビューした、コンセプトカー『アッソ・デ・フィオーリ』が昨年のオートモビルカウンシル2025で展示された際、筆者はその誕生までを原稿にまとめた(編集部注:2025年6月24、25日公開『いすゞアッソ・デ・フィオーリ誕生の軌跡』をご覧ください)。今回はそこから市販版となる、『いすゞピアッツァ』に至るまでのヒストリーをレポートしよう。
ピアッツァは2年後となる1981年5月13日に発表。6月6日に販売が開始された。PF型いすゞジェミニのプラットフォームを使い製作されたアッソ・デ・フィオーリと同様、ピアッツァも基本的にはその部品を使いながら量産化された。

これはいすゞ首脳陣による『ショーに出した以上は1日でも早く商品化すべき』という強い意向が働き、この短期間での開発、量産化が実現したようだ。
いすゞ広報部コミュニケーション企画グループの中尾博氏は、当時をこのように語る。
「アッソ・デ・フィオーリが量産計画に乗るように、ジョルジェット・ジウジアーロはエンジニアリングの知見を入れて開発しました。それだけジウジアーロはクルマ作りを知っていたということです。何も知らないでただ絵を描いデザインではなく、きちんと作れるようにデザインしています。
例えばドアノブも初代フィアット・パンダのようなボタン式ではなく通常のドアハンドルを使うなど、量産を見据えたスケッチになっています。生産化に向けて最後の最後まで全て、ジウジアーロもチェックしたんです」
もちろん生産化まで漕ぎ着けたのは、いすゞ内部の尽力もあった。デザインやパッケージングの開発部門だけでなく、工場を担当する生産部門を含めピアッツァに関わる全ての部署が一丸となり、「このデザインを生産するんだ」という熱意のものに開発したことも大きいだろう。
2台を比較すると微妙に違う
実はアッソ・デ・フィオーリと比較すると、ピアッツァは僅かにサイズアップしている。具体的には以下のとおりだ。
〇アッソ・ディ・フィオーリ
ホイールベース:2405mm 全長:4195mm 全幅:1620mm 全高:1278mm 重量:1000kg(推定)

〇ピアッツァ
ホイールベース:2440mm 全長:4385mm 全幅:1675mm 全高:1300mm 車両重量:1250kg(MT車)
この差は主に、安全性や性能面において必要最低限の変更だ。
そのためボディパネルとウインドウを段差なく処理したフラッシュサーフェースを実現するなど、コンセプトの姿をほぼそのまま市販化しているように見えるが、今回いすゞプラザに展示された2台を比較してみると、微妙に違うことがわかった。

























































