かつてはハリウッド・セレブ御用達 デュアル・ギア(1) 量産見送ったクライスラーと試作車救ったトラックメーカー
公開 : 2026.07.25 17:45
ギア社のスタイリングと、クライスラーのパワートレインが融合したデュアル・ギア。僅か3年の提供でしたが、ハリウッド・セレブからも話題を集めました。117台の希少車を、UK編集部が振り返ります。
もくじ
ーエンジンを2基積むトラックでブランド創業
ー量産化されなかった4シーター・コンバーチブル
ークライスラーから生産権利を取得したカサロール
ー天才的な才能を持っていた技術者のファラゴ
ーボンネット内に収まった233psの5.2L V8
エンジンを2基積むトラックでブランド創業
英国の玩具メーカー、コーギーのモデルカーを通じて、ギアというクルマを知ったという人は筆者以外にもいるだろうか。車内にコーギー犬も乗っていた大胆な形のクーペは、かつてはハリウッド・セレブ御用達モデルだった。
イタリアのカロッツエリア、ギア社と、アメリカのデュアル・モーターズ社の合作は、僅か117台しかラインオフしていない。東海岸のビバリーヒルズでも、滅多にお目にかかれない代物だった。ロンドンで見かけることなど、皆無といえた。

イタリア系移民だったユージーン・カサロール氏は、デトロイトでオートモービル・シッパーズ社という、クライスラーの新車をトラックで運ぶ事業を営んでいた。当然のようにクルマ好きで、1946年から1954年にはインディ500のスポンサーに名も連ねた。
第二次大戦が激しくなると、連合国軍向けのトラック製造へ進出。エンジンを2基積む独創的な設計にあり、そこからブランド名はデュアル・モーターズに決まったという。
量産化されなかった4シーター・コンバーチブル
当時のギア社は、デザイナーのヴァージル・エクスナー氏が描き出す、スペースエイジなスタイリングを特長としていた。カサロールにとって、イタリアのカロッツエリアとクライスラーが手を組んだ、そんな大胆な容姿の試作車は見慣れたものだった。
1953年、デトロイトに構えたクライスラーのスタイリング・スタジオへ届けられたのは、2シーター・ロードスターのデザイン模型。それは傘下ブランドのダッジから、ファイアーアローという名のコンセプトカーとしてお披露目される。

両社は良好な協力関係にあり、北米各地のモーターショーを、ファイアーアローは巡回。来場者の反響は高く、エクスナー率いるギア社のチームはダッジのパワートレインとシャシーを利用し、実走行できる試作車を完成させる。
その後、約1年の間にスタイリングは3度の改良を受け、最終的にファイアーアロー IVへ進化。この4シーター・コンバーチブルをクライスラーは量産する、という推測がデトロイトへ広まったものの、実現はしなかった。
クライスラーから生産権利を取得したカサロール
これに目を付けたのが、クライスラーへ特別な親近感を抱いていた、ビジネス成功者のカサロール。デュアル・モーターズでの生産権利を得たいと、ダッジ・ブランドを率いたウィリアム・ニューバーグ氏へ交渉し、了承を得る。
量産へ向けて、ファイアーアロー IVは再設計。友人の技術者、ポール・ファラゴ氏へ協力が仰がれた。彼は1948年にフィアット1100がベースのレーシングカーを製作し、レースへ参戦。セブリング12時間レースでは、クラス優勝を遂げた経験があった。

ファラゴは、ギア社のアメリカでの代理店業務を営んでおり、デュアル・モーターズとの協力関係をバックアップした。クライスラー側からは、走行に必要な部品の供給契約を、カサロールが取り付けた。























































































































