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2019.05.19

WRCで最も過激だった1980年代 8車8様 グループBの暴れ馬 

編集部より

巨大なパワーと絶大なグリップが生む、息を呑むスピード。幅広いモータースポーツの中でも、ラリーファン にとってグループBは今も忘れられない存在ではないでしょうか。レポーターのジェームズ・マンもそのひとり。語り継がれる伝説を、改めて振り返ってみます。

もくじ

われわれに鮮烈な記憶を残した1980年代
グループBの歴史について
プジョー205 T16 EVO1(1985年)
フォード・エスコートRS 1700T(1983年)
オペル・マンタ400(1985年)
アウディ・クワトロ・ターボ(1983年)
フェラーリ308GTB(1981年)
ルノー5マキシ・ターボ(1984年)
MGメトロ6R4(1984年)
フォードRS200(1985年)

われわれに鮮烈な記憶を残した1980年代

スポーツの世界では、ある時代が過去のものになった時に、改めて高く評価し直されるというケースが少なくない。ジョージ・ベストがマンチェスター・ユナイテッドに在籍していた1960年代のサッカーしかり、J. P. R. ウイリアムズがウェールズ・ラグビーで活躍していた1970年代も当てはまる。モータースポーツ界では、同じ1970年代にジェームス・ハントとニキ・ラウダがF1でチャンピオンを争っていた時代もあったし、ジャガーがル・マン24時間レースで歴史的な成功を収めていた1950年代も、忘れることはできない。

そんな中、ラリーの世界においては、グループBを超えるほど鮮烈な印象を残した時代はないだろう。1982年に、グループ4に代わるものとして設定されたのがグループBというカテゴリー。より多くのチームが参加することを目指して、ワールドラリー・チャンピオンシップ(WRC)に導入されたものだった。排気量によっていくつかのクラスに分けられ、4輪駆動モデルの登場によって、テールスライドさせながらコーナーを抜けていくドライビングスタイルから、派手な4輪ドリフトへとドライビングスタイルも大きく変化した時代でもある。

結果、ターボチャージャーが生む巨大なパワーと、4輪駆動による高いグリップ力を備えたラリーマシンが、熱烈なファン層を形成する。惜しまれつつもグループBは1986年に打ち切りとなるが、それから30年以上たった今でも、ひとびとに刷り込まれた記憶への思いは冷めていないようだ。

今回われわれは、2万人以上のエンスージャストを集める、レース・レトロを取材した。毎年2月、英国コベントリー郊外のストンリー公園で開催される自動車イベントだ。120台以上のスペシャルモデルたちが、特設のラリーステージを走り抜ける。今年のイベントの目玉として、かつてのWRCチャンピオン、ミキ・ビアシオンも参加した。彼はランチア・デルタS4で初めての勝利をあげたドライバーで、コース脇はグループBマシンが奏でるサウンドと、その勇姿に興奮するファンたちで溢れかえっていた。

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