【デビューは2007年】R35型日産GT-Rがついに生産終了!今こそ振り返りたい世界に誇るべき歴史

公開 : 2025.08.27 11:50

R35型『日産GT-R』がついにオフラインを迎え、2007年の発売以来、18年近くになる歴史に終止符をうちました。そこで過去=前史と現在=系譜を振り返りながら、未来=次期モデルについて考察します。篠原政明のレポートです。

始まりは2001年東京モーターショー

R35型『日産GT-R』が8月26日、ついにオフライン(生産終了)した。そこで、過去(前史)と現在(系譜)を振り返りながら、未来(次期モデル)を考察してみたい。

2001年の東京モーターショー(以下、TMS)に、事前予告なしのサプライズで登場したのが『GT-Rコンセプト』だった。その名が示すように、『スカイライン』の名は冠されていなかった。

R35型日産GT-Rがついにラインオフ。上が2007年12月の初期モデル、下が最終となった2025年モデル。
R35型日産GT-Rがついにラインオフ。上が2007年12月の初期モデル、下が最終となった2025年モデル。    日産自動車

特徴的なフロントマスクは、縦型極細のツリ目風ヘッドランプと上下2分割の大きなエアインテークを備えていた。また、スカイライン伝統の丸型4灯テールランプを継承し、格納式リアスポイラーも装備していた。

当時、日産では『コンセプトモデルによるプレゼンテーション』として、次期GT-Rに関してはアナウンスしていなかったが、ファンは大いに期待を抱いた。

2003年のTMSで、次期GT-Rは2007年に発表するとアナウンスされ、2005年のTMSでは『GT-Rプロト』がお披露目された。

スタイリングはGT-Rコンセプトを発展させたものだが、かなり洗練され、市販されたR35 GT-Rに近いものとなった。縦長ヘッドランプは形状こそ変更されたが採用され、2分割フロントグリルや丸型4灯テールランプも継承された。

2007年発表がアナウンスされていただけに、当時「完成度は90%」といわれた。ただし、このGT-Rプロトではインテリアは公開されず(GT-Rコンセプトでは公開)、スペックも一切発表されなかった。

超ロングセラーとなったR35型GT-R

2007年のTMSで、満を持してR35型『日産GT-R』は発表された。もはや車名には『スカイライン』は付けられなかった。それはつまり、日産の技術を世界に発信するグローバルモデルになったことをも示していた。

3.8LのV6ツインターボエンジンをフロントミドシップ搭載し、6速DCT+トランスアクスル4WDというパワートレイン、そして独特のスタイリングは、2007年12月に販売されて2025年8月にラインオフするまで、基本的には変わっていない。R35型GT-Rは18年近くもフルモデルチェンジされなかった超ロングセラーとなった。

3.8LのV6ツインターボをフロントミドシップ搭載し、6速DCT+トランスアクスル4WDというパワートレインは、最初から最後まで基本的に踏襲した。
3.8LのV6ツインターボをフロントミドシップ搭載し、6速DCT+トランスアクスル4WDというパワートレインは、最初から最後まで基本的に踏襲した。    日産自動車

そのかわりイヤーモデルと称して、ほぼ毎年のように一部変更や改良が行われ、R35は進化し続けた。そのすべてをここで紹介するのはスペースの関係で難しいので、主だったものを紹介しておこう。

2010年に最初の大幅改良で発表された2011年モデルでエクステリアを小変更し、エンジンは485psから530psにパワーアップされた。

2013年発表の2014年モデルでは、GT-Rニスモを追加。

2016年発表の2017年モデルではフロントマスクにVモーションを採用し、Cピラー形状を変更。エンジンは570psにパワーアップ。

2023年発表の2024年モデルでは、フロントまわりのデザインを変更し、空力性能も向上させ乗り心地も洗練されるなど、R35型GT-Rの集大成といわれた。

ちなみに、車両価格は2007年のデビュー時は777万円からだったが、2025年モデルのトップグレード、GT-Rニスモ・スペシャルエディションは3061万3000円となっていた。

記事に関わった人々

  • 執筆

    篠原政明

    Masaaki Shinohara

    1958年生まれ。某自動車雑誌出版社をめでたく? 卒業し、フリーランスのライター&エディターに。この業界に永くいるおかげで、現在は消滅したものを含めて、日本に導入されている全ブランドのクルマに乗ってきた……はず。クルマ以外の乗りものもけっこう好きで、飛行機や鉄道、さらには軍事モノにも興味があるらしい。RJC会員。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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