米国最大級の廃車置き場で見つけた「お宝」 40選(前編) ジャンクヤード探訪記 100年以上前のクルマも残存

公開 : 2026.02.01 11:05

米国の巨大ジャンクヤードを巡り、スクラップ同然のクルマにレンズを向ける探訪記シリーズ。今回は、ミネソタ州にある国内最大級の「名所」で見つけた1920年代以降の希少なクラシックカーを紹介します。

1920年代以降の希少車を発掘

1956年に創業した米国のジャンクヤード『フレンチレイク・オートパーツ(French Lake Auto Parts)』は、国内屈指の廃車解体業者として知られている。

ここには、1920年代から現代に至る数千台もの部品取り車が並ぶ。すみずみまで管理が行き届き、車両はすべてしっかりとした地面の上に安全に保管されている。何より素晴らしいのは、ほぼすべての車両に製造年が明記されているため、モデルやグレードの識別が格段に容易だということだ。

ミネソタ州の巨大ジャンクヤードで見つけた興味深いクラシックカーを紹介する。
ミネソタ州の巨大ジャンクヤードで見つけた興味深いクラシックカーを紹介する。

プリムス・スペシャル・デラックス(1949年)

ヴィンテージカーがずらりと並ぶフレンチレイク・オートパーツは、まさに国宝級の存在と言えるだろう。全米から、いや世界中からクラシックカー愛好家が集まるのも当然である。その人気ぶりを示すように、ヤードの事務所では記念Tシャツまで売っている。例えば、この1949年式プリムス・スペシャル・デラックス4ドア・セダンは、かなり良いコンディションに見える。

プリムス・スペシャル・デラックス(1949年)
プリムス・スペシャル・デラックス(1949年)

ビュイック・スカイラーク(1976年)

この見事な景色を見てほしい。目を引くものがたくさんある。中央に堂々と鎮座しているのは1976年式ビュイック・スカイラーク・クーペ。この豪華なラインナップの中では比較的新しいクルマだ。何度か生産が中断されたものの、スカイラークは1953年のデビューから1998年まで、ビュイックの主力モデルとして君臨し続けた。

ビュイック・スカイラーク(1976年)
ビュイック・スカイラーク(1976年)

カイザー(1954年)

特徴的なハート型のフロントガラス開口部から、一目でカイザーと分かる。これはマンハッタンというモデルで、ボンネットに書かれたメモによれば1954年か1955年製のようだ。1955年の登録台数がわずか270台だったことから、おそらく前年のものだろう。

カイザー・フレイザー社は1945年、ヘンリー・J・カイザー社とグラハム・ペイジ・モーターズ社の合弁事業として設立された。当初の販売は好調だったが、ビッグスリーとの長期競争に耐えるだけのリソースがなかった。

カイザー(1954年)
カイザー(1954年)

フィアット・ブラーバ(1980年)

フレンチレイク・オートパーツの一角は現代的なモデル専用となっており、筆者はそこで珍しい欧州車と日本車をいくつか見つけた。フィアット131は世界中で150万台を売り上げる大成功を収めた。

しかし、米国に輸入されたのはごく一部で、ブラーバとスーパーブラーバという名称で販売された。機械的な問題が頻発し、この個体が販売された翌年の1981年に米国市場から撤退した。

フィアット・ブラーバ(1980年)
フィアット・ブラーバ(1980年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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