昔憧れた『ヒストリックカー』のプラモデルを楽しむ【長尾循の古今東西モデルカーよもやま話:第15回】

公開 : 2026.01.28 12:05

元モデル・カーズおよびカー・マガジン編集長である長尾循による、古今東西モデルカーに関する月イチのコラムです。第15回はフジミ、エルエス、グンゼ産業など、『ヒストリックカー』のプラモデルがテーマです。

戦前のイギリスで生まれたプラモデル

ガソリン自動車が発明されて以来、クルマを題材とした玩具や模型は数多く作られてきましたが、戦前のイギリスで生まれ、戦後は日本をはじめ世界中で大きく発展したプラモデルもまた、数多くの自動車のモデルを生み出してきました。

F1やラリーカーといった競技車両、憧れのスポーツカーから身近なセダン、パトカーや消防車などの緊急車両をはじめとするはたらくクルマ等々、その取り上げる車種、ジャンルは多岐にわたります。そんな中で、常に一定のファンに支えられているのがヒストリックカーの分野です。

今回は『ヒストリックカー』のプラモデルがテーマです。
今回は『ヒストリックカー』のプラモデルがテーマです。    長尾循

1960年代半ば以降、徐々に充実

飛行機や船のそれと比べると、比較的後発だったクルマのプラモデルが徐々に充実していったのは、やはり1960年代半ば以降でしょうか。

基本的にはその時代の最新レーシングマシンや人気の市販ロードカー、あるいは戦前のロールス・ロイスベントレー、GPブガッティといったヴィンテージ期の歴史的名車がモデル化されることが多く、その状況は日本でも同様でした。

『エルエス』は昭和30年代のレトロなクルマを次々とリリースしていました。
『エルエス』は昭和30年代のレトロなクルマを次々とリリースしていました。    長尾循

ただ、実車の縮小模型であるモデルカーですから、当然ながら実車世界のムーブメントも色濃く反映されるわけです。日本で言えば、1964年に第1回日本グランプリが開催され本格的なモータースポーツの歴史が始まった少し後から、コース上をモーターのクルマを走らせて楽しむスロットカー・レーシングが爆発的に流行しました。

1970年代半ばに富士スピードウェイで初めてF1GPが開催されるとF1のプラモデルが数多く作られたり、漫画週刊誌少年ジャンプの『サーキットの狼』の大ヒットをきっかけにスーパーカーブームとなり、あらゆる模型、玩具メーカーがランボルギーニカウンタックフェラーリBBをリリースしたり、といった具合です。

『ヒストリックカー』に対する意識

欧米の自動車産業に追いつけ追い越せと走り続け、その後はオイルショックや排気ガス規制への対応に追われ、脇目も振らずがむしゃらに突き進んできた戦後日本の自動車産業がちょっと一息ついたのは、1980年代に入ってからのことでしょうか。

一般論を言えば、モータリゼーションが成熟してくるにつれ、世の中にはゆっくり過去を振り返る余裕も生まれます。日本もまた然りで、それまでは『話題の新車と有名なクラシックカーの間に存在するのはただの中古車』だったところに、クルマ好きの人々の間に『ヒストリックカー』というジャンルに対する意識が芽生え始めます。

1980年代、クルマ好きの間で『ヒストリックカー』というジャンルに対する意識が芽生え始めました。
1980年代、クルマ好きの間で『ヒストリックカー』というジャンルに対する意識が芽生え始めました。    長尾循

新車が買えないから中古車……という選択肢ではなく、低年式のクラシック・ミニや空冷フォルクスワーゲンフィアットルノー、そして1960年代生まれの国産車などを、趣味的な視点から積極的に手に入れて楽しむというスタイルは、1980年代後半にはすっかり一般的になりました。

そんなムーブメントはモデルカーの世界にも伝播して、この時代以降は数多くの模型メーカーから『ヒストリックカー』のプラモデルがリリースされるようになりました。私事ではありますが、ちょうどこの頃から自動車模型専門誌『モデル・カーズ』の誌面デザイン/編集に携わりはじめた自分としては、そのうねりをまさに肌で感じていたわけであります。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    長尾循

    Jun Nagao

    1962年生まれ。企画室ネコ時代を知る最後の世代としてモデル・カーズとカー・マガジンの編集に携わったのち定年退職。子供の頃からの夢「クルマと模型で遊んで暮らす人生」を目指し(既に実践中か?)今なおフリーランスとして仕事に追われる日々。1985年に買ったスーパーセブンにいまだに乗り続けている進歩のない人。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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