ジャガーSS100「パイクロフト」(2) オリジナルのシャシーで復元 最後まで譲らぬ主張
公開 : 2025.09.21 17:50
操縦性は戦前 スタイリングは戦後
今回も、パイクロフトのSS100はグッドウッドにいる。ボディのウエストラインは高く、往年の素朴な雰囲気を漂わせる。シフトレバーの動きはタイトで、ロッドで制御させるドラムブレーキの感触も独特。戦前のマシンであることを隠さない。
だが、スタイリングは戦後風。速度が上昇すると、フロントタイヤのすわりが改善し安定性が増す。ボディは通常のSS100より約45kg重いが、空力に優れるため速い。パイクロフトの記録によれば、0-97km/h加速は約10%鋭いようだ。

直列6気筒エンジンも、チューニングを受けている。加工されたフローヘッドが載り、ピストンは高圧縮比のもので、コンロッドはアルミ製だという。
ボディサイドは大きく膨らみ、燃料タンクは車両の中央側へ寄せられ、キャビンは広くない。アレクサンダーは、空間を稼ぐためシートの背もたれを省き、座面だけにした。
「ジャガーはグッドウッドが相応しい」
オリジナルのシートは、ヒョウ柄のレザー張りだったという。ロンドンの市場で発見し、母が縫製したらしい。当時23歳の、盛んな若者らしいチョイスといえる。
パイクロフトは、1950年代からヒルクライムで連勝していた。1960年代には、ジャガーEタイプで欧州各地のレースを席巻。1970年代には、BRM P126というF1マシンに乗り、RACスプリント選手権で3位入賞も掴んでいる。

最後まで、ジャガーXK120のスタイリングは、自分のSS100が起源だと考えていた。「ジャガーがわたしのボディのデザインを盗んだと、常に主張してきました」。亡くなる直前、1992年に自宅で記した手紙にも、そう綴られていた。
真実は違うかもしれない。それでも彼の努力と判断、運転技術が、ジャガーやグッドウッド・サーキットに特別な物語を残したことは変わらない。「ジャガーは、グッドウッドが相応しいと信じています」。アレクサンダーが微笑む。
協力:グッドウッド、ポール・スキレター氏、テリー・マクグラス・モーターリング・アーカイブズ
執筆:グレアム・ハースト(Grame Hurst)



















































































































