同士討ちスーパーカー ジャガーXJ220とXJR-15(1) F40以上の性能 959級の乗りやすさ
公開 : 2025.09.14 17:45
グループCカー由来のエンジンを積むジャガー 社内で密かに進められた曲線美のXJ220 TWRが同時期に開発したXJR-15 身内対決となった2台のスーパーカーを、UK編集部が振り返る
もくじ
ーもっと素晴らしいものを生み出す余地がある
ール・マン用のV12で500馬力以上を想定
ー3.5L V6へ変更 プロトタイプは341km/hへ到達
ー平面的な部分がない紛うことなきジャガー
ー速度が乗ると驚くほど運転しやすい
もっと素晴らしいものを生み出す余地がある
TWR(トム・ウォーキンショー・レーシング)を率いたトム・ウォーキンショー氏は、1988年のロンドン・モーターショーで、プロトタイプのジャガーXJ220と対面した。V型12気筒エンジンの四輪駆動で、フェラーリF40に並ぶ性能が想定されていた。
技術者のピーター・スティーブンス氏へ、「もっと素晴らしいものを生み出す余地」があると、彼は声をかけた。その2年後に発表されたのが、ジャガー・スポーツXJR-15だ。

英国を代表するスーパーカーの登場から35年。XJR-15は公道を走れるレーシングカーとして注目を集めた一方、XJ220は1993年のル・マン24時間でクラス優勝を遂げるものの、技術的な不備で失格扱いに。市販も遅れ、対象的な評価を受けることになった。
1980年代半ば、世界は好景気に沸いていた。F40以上の性能を備えつつ、ポルシェ959並みの扱いやすさを持つジャガーの構想を、技術者のジム・ランドル氏は描いていた。精鋭12名に声をかけ、密かに開発はスタートした。
ル・マン用のV12で500馬力以上を想定
目指された最高速度は、時速200マイル(約321km/h)以上。0-161km/h加速は8.0秒で、最高出力は500馬力が掲げられた。有機的なボディを描き出したのは、社内デザイナーだったキース・ヘルフェット氏。夜間や週末に、自主的に作業は進められたという。
エンジンは、1988年のル・マンへ向けて開発されていながら、採用が見送られた48バルブのV12ユニットを想定。比較的小さく、500馬力以上の能力を宿していた。

このプロジェクトの存在を、ジャガー上層部が知ったのは1988年の前半。CEOだったジョン・イーガン氏は、同年のロンドン・モーターショーへの出展を認めた。
お披露目されると、量産化は未定だったにも関わらず、反響は予想以上。1989年にパワートレインへ大きな変更が加えられても、購入希望者は後を絶たなかった。ヘルフェットの曲線美へ、魅了された人の多さを物語った。
3.5L V6へ変更 プロトタイプは341km/hへ到達
「あのクルマ(XJ220)を量産できないことは、すぐに分かりました。V12エンジンで四輪駆動など、求める要素を詰め込んだクルマにはなり得ませんでした。ジャガーへ期待される性能も」。と、1992年にウォーキンショーは振り返っている。
既にジャガーはフォードによる買収が決まっており、XJ220の詳細発表は1989年12月へ遅れた。ボディサイズはひと回り小さくなり、軽量になったものの、3.5L V6ツインターボの後輪駆動へ改められていた。

ABSやパワーステアリング、可変式ダンパーの採用もなし。それでも、1992年からの納車が明らかになると、5万ポンドの頭金を払う人が殺到。アメリカ・テキサス州のテストコースで、1991年5月にプロトタイプは341km/hへ到達し、関心は更に上昇した。
















































































































