発見! ポルシェ秘蔵のコレクション(中編) 誰も知らない「謎」のコンセプトカーも

公開 : 2026.01.01 11:45

ドイツ・シュトゥットガルトには、普段見ることのできない数百台の貴重なポルシェがひっそりと保管されています。ワンオフのテスト車両から歴史的なレーシングカーまで、秘蔵のコレクションを一部だけご紹介します。

ポルシェ984(1984年)

ポルシェのラインナップのエントリーモデルである914の後継として、924がデビューした。しかし、それ以降、ミドシップモデルの登場は1996年のボクスターを待たねばならなかった。この984は、1980年代に発売されていたかもしれないミドシップ・コンバーチブルだ。

ポルシェ984(1984年)
ポルシェ984(1984年)

軽量で空力性能に優れ、手頃な価格の984は、米国市場の若い愛好家を引き込むために設計された。137psの2.0L水平対向4気筒エンジンと、マニュアル・トランスミッションを搭載する予定だった。

ポルシェ984(1984年)
ポルシェ984(1984年)

キャビンは944の部品を組み合わせて作られている。インテリアが完全に仕上げられていることから、完成間近だったことがわかる。開発は急遽中止され、ポルシェによれば、1987年の株式市場暴落後に米国での新車販売が急落したことが理由だという。

ポルシェ984(1984年)
ポルシェ984(1984年)

ポルシェ959パリ・ダカール(1985年)

959は、グループBラリーへの参戦コストが非常に高かったために出場を見送られた。そこでレーシングドライバーのジャッキー・イクス氏がポルシェを説得し、959を改造してパリ・ダカール・ラリーに出場させた。このラリーは人と機械の両方に多大な負担をかけるオフロード耐久レースだ。

ポルシェ959パリ・ダカール(1985年)
ポルシェ959パリ・ダカール(1985年)

1985年のダカールでは、数々の機械的問題により959は完走できなかった。チームは翌年、リベンジを誓って参戦し、見事にワンツーフィニッシュを飾った。959は欧州の他のラリーイベントでも勝利を収めたが、ダカールの表彰台には再び立つことはなかった。

ポルシェ959パリ・ダカール(1985年)
ポルシェ959パリ・ダカール(1985年)

959をラリーカーにするには大規模な改造が必要だった。危険な砂漠の障害物から重要な機械部品を守るため、車体下部に厚いスキッドプレートが追加され、車内にはフルロールケージが設置された。ポルシェは技術支援車両として、928由来のV8エンジンを搭載したメルセデス・ベンツ280GEを使用することもあった。

ポルシェ959パリ・ダカール(1985年)
ポルシェ959パリ・ダカール(1985年)

ポルシェ959(1986年)

ポルシェは当初、959コンセプトを量産化した際、グループBレースを支配するという使命を念頭に置いていた。当時最高峰のハイパフォーマンスカーの1つである959は、450psを発生するツインターボチャージャー付き2.8L水平対向6気筒エンジンを搭載している。

ポルシェ959(1986年)
ポルシェ959(1986年)

959にはアラミドやノーメックスといった軽量素材を多用することで、車両重量を抑えた。限定生産モデルとして発売され、42万ドイツマルクという天文学的な価格にもかかわらず、即完売した。ポルシェの記録によれば292台が生産されたようだ。AUTOCAR英国編集が倉庫を見学した際、少なくとも4台を確認できた。

ポルシェ959(1986年)
ポルシェ959(1986年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    ロナン・グロン

    Ronan Glon

  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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