メルセデスのマイナー車からプジョー205ターボ16まで フランスが誇る世界最大の自動車博物館 シテ・ド・ロトモビル訪問記(後編)
公開 : 2026.01.25 11:45
アルゼンス・ウフ(1942年)
自動車よりも鉄道設計で知られるポール・アルゼンス氏(1903-1990)は、1942年にアルミニウムとプレキシガラスを用いた超小型のマイクロカーを製作した。当時、フランスはドイツに占領され燃料が不足していたため、アルゼンス氏が「ウフ(フランス語で卵の意味)」と呼んだこのモデルは、電気モーターで走行する。戦後、彼は重いバッテリー駆動のドライブトレインをプジョー製125cc単気筒エンジンに交換し、最高速度を向上させた。その後、亡くなるまで時折ウフを使用していたという。

ブガッティ・タイプ73A(1947年)
エットーレ・ブガッティ氏は、第二次世界大戦中の休止期間を経て自らの自動車メーカーを再始動させるにあたり、タイプ73Aに期待を寄せた。彼はパリ郊外の事務所で開発を進め、性能と高級感を重視したクーペを生み出した。この73Aを基に、さまざまな4気筒エンジンを搭載したフルラインナップを展開する構想だった。
ブガッティ氏は1947年に死去する前に、タイプ73Aを1台だけ製作した。これが、彼が設計した最後の自動車となった。

パナール・ディナヴィア(1948年)
パナールは多くの競合他社に先駆けて空力学の研究を開始した。ディナヴィアは量産化を目的としたものではなく、ダイナXをベースにしたプロトタイプで、流線型ボディによりCd値0.26という優れた抗力係数を実現した。参考までに、これは現代のジャガーXEと同等である。この奇抜でSF的なデザインが、空力性能の向上に大きく寄与している。
ディナヴィアのパワートレインは空冷の水平対向2気筒エンジンで、28psで前輪を駆動する。4人乗りで最高速度は130km/hに達した。

ゴルディーニ・タイプ26S(1953年)
技術者アメデ・ゴルディーニ氏(1899-1979)の名は、ルノー8や12などのチューニングモデルと結びつけられることが多いが、ゼロからレーシングカーを開発・製造もしていた。
このタイプ26Sは1953年のル・マン24時間レースでクラス優勝(総合6位)を果たした。ジャガーCタイプやカニンガムC4-Rなど、より大型で高出力なライバルを抑えての勝利だった。

ゴルディーニ氏は1956年にルノーに加入し、ドーフィンの高性能版を作る際、この経験を活かした。
グレゴワール・スポーツ(1955年)
ジャン=アルベール・グレゴワール氏(三度目の登場)は、オーストラリアのハートネット社向けに小型のエコノミーカーを開発した後、再び自身のブランドで設計・製造・販売に乗り出した。スポーツはその名の通り性能を追求した2ドアモデルだ。1950年式オチキス・グレゴワールと共通の水平対向4気筒エンジンを搭載し、スーパーチャージャーで123psを引き出した。鋳造アルミニウム製のシャシーを採用し、可変式の先進的な四輪独立懸架サスペンションを備えている。そしてボディは、フランス随一のコーチビルダーであるアンリ・シャプロン氏(1886-1978)が製作した。
スポーツの生産が10台にも満たないうちに、グレゴワール氏はプロジェクトを中止して自動車業界を去ってしまった。ただ、1970年代に小型バン向けの電動パワートレインを設計するため、短期間だけ業界に復帰している。






























