米国最大級の廃車置き場で見つけた「お宝」 40選(後編) ジャンクヤード探訪記 驚くほど長い時間を経て

公開 : 2026.02.01 11:45

ビュイック(1948年)

この1948年式ビュイックは腐食のない部品をいくつか備えている。しかし、リアフェンダーを購入する人は3つの弾痕とへこみに対処しなければならない。対照的に内装は深刻な劣化状態であり、窓ガラスと助手席ドアが何年も前に取り外されていることが窺える。

ビュイック(1948年)
ビュイック(1948年)

リンカーン・スポーツセダン(1950年)

リアガラスを割らずにうまく取り外す方法の1つは、周りを丸ごと切り取ることだ。こちらは1950年式リンカーン、おそらくスポーツセダンの残骸だ。新車価格は2576ドルで、リンカーンのエントリーモデルであり、同年のベストセラーで約1万2000台が生産された。

しかし、1950年はリンカーンにとって悲惨な年であり、生産台数は前年の7万3507台からわずか2万8190台に落ち込んだ。対照的にライバルのキャデラックは1万1000台の販売増を記録している。

リンカーン・スポーツセダン(1950年)
リンカーン・スポーツセダン(1950年)

ナッシュ・アンバサダー・スーパー(1950年)

ナッシュは1950年、アンバサダー・スーパー4ドア・セダンのコストパフォーマンスの高さを謳い、競合車を凌駕していると主張した。ユニボディ構造のメリットも強調され、販売資料では「自動車史上最高の安全機能」と称賛していた。

この個体は、驚くほど長い時間を経ても良好なコンディションを保っているようだ。

ナッシュ・アンバサダー・スーパー(1950年)
ナッシュ・アンバサダー・スーパー(1950年)

プリムス・サバーバン(1958年)

1957年モデルのプリムスは、ヴァージル・エクスナー氏による大胆な新デザインを採用し、従来モデルから劇的な変化を遂げた。その印象的な外観は1958年にも引き継がれている。同年、プリムスは6人乗りと9人乗りのモデルを合わせて、カスタム・サバーバンを合計5万5865台販売した。

コンディションは荒れているが、この個体はスペアパーツの宝庫となっている。

プリムス・サバーバン(1958年)
プリムス・サバーバン(1958年)

フォード・ギャラクシー500(1964年)

1965年、フォード・ギャラクシーは大幅なデザイン変更を受けたが、それでも1964年モデルの買い手は後を絶たなかった。この年、59万3533台のギャラクシーが生産され、フォードの総生産台数159万台という驚異的な数字に貢献した。これは1957年以来の最高記録である。

この1964年式ギャラクシー500は、今もミネソタの太陽の下で輝くクロームを誇っている。

フォード・ギャラクシー500(1964年)
フォード・ギャラクシー500(1964年)

マーキュリー・クーガー(1967年)

1967年式マーキュリー・クーガーは、フォード・マスタングのプラットフォームを流用しながらも高価格帯に位置付けられ、発売直後から大ヒットを飛ばした。ベース価格2854ドルで、デビュー年に15万893台という驚異的な販売台数を記録し、フォードの予想を上回った。

このような人気は1977年から1979年の4代目モデルにも見られた。1967年から2002年までの長い生産期間で、クーガーは約300万台が生産された。

マーキュリー・クーガー(1967年)
マーキュリー・クーガー(1967年)

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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