想定の3倍近くを販売 新型『マツダCX-5』好調の背景にある『国内ビジネス構造改革』 クルマの売り方を変革する試みとは

公開 : 2026.09.08 07:05

新型『マツダCX-5』の販売が好調です。5月21日の発表後、8月末時点で累計約1万7000台を突破。これは目標の3倍近い数字です。その背景には、マツダが進める国内ビジネス構造改革がありました。桃田健史のレポートです。

結果的にクルマが売れたという解釈ではない

新型『マツダCX-5』の販売が好調だ。5月21日の発表後、8月末時点で累計約1万7000台を突破した。月間販売台数目標を2000台としており、過去約3ヵ月では想定の3倍近く売れていることになる。

そうした中、マツダが国内営業戦略に関する報道陣向け説明会を開いた。注目すべきは、『良いクルマ』が出たので結果的に『クルマが売れた』という解釈ではない点だ。

新型マツダCX-5の販売が好調。5月21日の発表後、8月末時点で累計約1万7000台を突破した。
新型マツダCX-5の販売が好調。5月21日の発表後、8月末時点で累計約1万7000台を突破した。    マツダ

むろん、CX-5の商品性の高さを多くのユーザーが認めていることは事実。その上で、マツダが国内での『クルマの売り方』を変革させる試みがCX-5販売好調を後押ししていることが分かった。変革は、ユーザーが想像するイメージよりはるかに大掛かりであり、大胆である。

今回の説明会の題目は『国内ビジネス構造変革の進捗について』だ。

そう聞いて、なぜマツダがこのタイミングで『構造変革』と名付けるほどの行動に出る必要があるのかと、疑問に思う方がいるかもしれない。

実のところ現実は厳しい。マツダの国内販売は2020年代に入り低迷が続き、2024年度のシェアは3.3%と、マツダとして最盛期に近い2015年度の6.1%から半減している。

そうした中、マツダは2025年度から国内ビジネス構造変革を本格化させており、2026年度の第2四半期に入ったこのタイミングで、その進捗について外部に説明しようというわけだ。

具体的にどのような戦略を打ち、その効果はどうか。また、どのような課題が見えてきたのか。

ビジネス停滞期からの回復を狙う施策

まずは、国内ビジネス構造変革に至るまでの反省点から見ていこう。

マツダは2011年以降、CX-5を筆頭にした『商品主導の成長期』を迎えた。それ以前のマツダはバブル期に国内販売の拡大を狙い、5チャネル体制を敷くも事業として成功しなかったという歴史がある。

2011年に初代CX-5が登場し、マツダは商品主導の成長期を迎えた。
2011年に初代CX-5が登場し、マツダは商品主導の成長期を迎えた。    マツダ

その後、ロードスターなど一部の人気モデルに対するユーザーの支持はあるものの、主力モデルのリセールバリューは競合ブランドに対して低く、結果的に新車で大幅な値引きを行うという負のサイクルに陥ってしまう。

そうした状況が初代CX-5市場導入から変わった。マツダがいう第5世代モデルが続々市場導入されマツダの販売力も高まった。ところが、その反動として2019年頃から『ビジネス停滞期』に入り、国内シェアが低下していく。

停滞の主な原因は、全国一律/共通の戦略、ブランド認知の低下、現場支援作の遅れなどから、新規顧客の継続的な減少を生んだと、マツダは分析している。

データで見ると、2015年度はマツダ新車購入者のうち新規顧客の比率は47%だったが、9年後の2024年度には29%まで落ち込んでいる。

こうした状況を打破するため、2025年6月に『3つの柱、4つの重点施策』を公表。3つの柱とは『ブランド育成に向けた成長戦略』、『優先地域の特定、都市圏戦略』、『店舗体験の向上に向けた現場支援の徹底』を指す。

また4つ重点施策とは、『販売網再構築』、『マツダ・ブランドにフォーカスしたマーケティング投資』、『店舗へのブランド価値浸透の仕組み/体制強化』、『バックヤード機能効率化を担う新会社の設立』だ。

こうした国内事業構造変革、新車導入の総合商品計画、そして中古車事業などを含めてバリューチェーンビジネス戦略を連携させる。

記事に関わった人々

  • 執筆

    桃田健史

    Kenji Momota

    過去40数年間の飛行機移動距離はざっと世界150周。量産車の企画/開発/実験/マーケティングなど様々な実務を経験。モータースポーツ領域でもアメリカを拠点に長年活動。昔は愛車のフルサイズピックトラックで1日1600㎞移動は当たり前だったが最近は長距離だと腰が痛く……。将来は80年代に取得した双発飛行機免許使って「空飛ぶクルマ」で移動?
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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