惜しまれつつ日本での新車販売終了 マクラーレン750Sスパイダーとのラストラン(前編) 究極の域に達した機能美【スーパーカー超王、魂の執筆】

公開 : 2026.09.11 11:40

マクラーレンを象徴する存在として高く支持されてきた『750S』と『750Sスパイダー』の日本市場向けモデル生産が、6月30日で終了しました。そのラストランを、スーパーカー超王こと山崎元裕が魂を込めて執筆します。

マクラーレンというブランドを象徴する存在

これまでマクラーレンというブランドを象徴する存在として、多くのカスタマーやファンから高く支持されてきた『750S』と『750Sスパイダー』の日本市場向けモデル生産が6月30日をもって終了した。

これは7月1日から、輸入車の継続生産車についても日本では衝突被害軽減ブレーキ(AEBS=先進緊急ブレーキシステム)装備が義務づけられたためで(ちなみに新型車は既に2024年7月1日から義務化されている)、同ブレーキを持たない750Sシリーズは、惜しまれつつも日本での新車販売を継続することができなくなった。

マクラーレン750Sスパイダーを、スーパーカー超王こと山崎元裕が取材。
マクラーレン750Sスパイダーを、スーパーカー超王こと山崎元裕が取材。    佐藤亮太

これはスポーツカーとグランツーリスモとしてのキャラクターを魅力的に併せ持つことで人気を得ていた、『GTS』についても同様の事情だ。

だがマクラーレンはこれらの日本市場向けモデルの生産中止に前後して、同社初となる単一市場向けの限定車『ジャパン・ファイナルエディション』を750SシリーズとGTSをベースに新設定。

『750S JC96』、『GTSシグネチャーコレクション』と呼ばれるこの両モデルは、それぞれ61台、22台が生産される計画で、これらは事実上、日本における750SシリーズとGTSのファイナルモデルとしての役割を担うことになった。

マクラーレンF1へオマージュを捧げたモデル

クーペ、スパイダーの選択が可能な750S JC96は、かつてマクラーレンF1が1995年のル・マン24時間レースで総合優勝を果たし、また翌1996年の全日本GT選手権をも制覇したことにオマージュを捧げたモデルだ。

その優勝車のカラーリングをベースとする専用リバリーや、ハイダウンフォースキット装着、さらに軽量なホイール装着などでその運動性能はさらに高められている。特筆すべきは、スパイダーボディとハイダウンフォースキットの組み合わせは、このJC96が唯一の存在であることだろう。

クーペ、スパイダーの選択が可能な『750S JC96』が事実上のファイナルモデルに。
クーペ、スパイダーの選択が可能な『750S JC96』が事実上のファイナルモデルに。    マクラーレン

一方のGTSベースのシグネチャーコレクションは、MSO(マクラーレン・スペシャル・オペレーションズ)によるビスポークモデルで、こちらはマクラーレンの中枢部ともいえる、MTC(マクラーレン・テクノロジー・センター)からデザインのモチーフが得られているという。

ステアリングを握りたいという強い欲求

6月30日までに生産された750SシリーズとGTSは、今後も日本市場でのセールスが継続されることになるが、それが長い時間でないことは容易に想像できるだろう。そう考えていたら、自分自身の記憶にそれを残すために、新車に近いコンディションを持つ750Sシリーズ、そしてGTSのステアリングを握りたいという強い欲求が生まれてきた。

しかもできるだけ長い時間、さすがにサーキット走行は叶わないとしても、日本のオンロードにおけるあらゆる場面での走りを改めて体験しておきたい。特に750Sシリーズは、筆者がこれまで何回もベストスーパーカーとして評したことがあるモデルだ。

幸運にも今回は、ほぼ1週間という時間を750Sスパイダーとともに過ごすことができたので、そのラストレポートをお届けすることにしよう。

記事に関わった人々

  • 執筆

    山崎元裕

    Motohiro Yamazaki

    1963年生まれ。青山学院大学卒。自動車雑誌編集部を経て、モータージャーナリストとして独立。「スーパーカー大王(超王)」の異名を持つ。フツーのモータージャーナリストとして試乗記事を多く自動車雑誌、自動車ウェブ媒体に寄稿する。特にスーパーカーに関する記事は得意。
  • 撮影

    佐藤亮太

    Ryota Sato

    1980年生まれ。出版社・制作会社で編集経験を積んだのち、クルマ撮影の楽しさに魅了され独学で撮影技術を習得。2015年に独立し、ロケやスタジオ、レース等ジャンルを問わない撮影を信条とする。現在はスーパーカーブランドをはじめとする自動車メーカーのオフィシャル撮影や、広告・web・雑誌の表紙を飾る写真など、様々な媒体向けに撮影。ライフワークとしてハッセルブラッドを使い、生涯のテーマとしてクラシックカーを撮影し続けている。佐藤亮太公式HPhttps://photoroom-sakkas.jp/ 日本写真家協会(JPS)会員
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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