【休日クラシック・ポルシェ・アーカイブ #39】1984年ポルシェ911カレラ3.2 4×4パリ・ダカール/タイプ953(後編)「オフロードで圧倒的な速さを見せつける」

公開 : 2026.09.27 09:11

最強の布陣で挑んだポルシェ

1984年は、パリ・ダカール・ラリーの第6回大会にあたる。このイベントは8ヵ国を横断するもので、総距離1万2000kmのルートには、約6000kmに及ぶスペシャルステージが含まれていた。

ポルシェは、ジャッキー・イクス/クロード・ブラッスール組(ゼッケン175)、ルネ・メッジ/ドミニク・ルモワンヌ組(ゼッケン176)、ローランド・クスマウル/エーリッヒ・ラーナー組(ゼッケン177)の3組をエントリーさせた。

ポルシェは2022年に、953をオマージュしたラフロード用AWDモデルの911ダカールを送り出した。オプションで953をイメージしたカラースキムも選べた。
ポルシェは2022年に、953をオマージュしたラフロード用AWDモデルの911ダカールを送り出した。オプションで953をイメージしたカラースキムも選べた。    ポルシェ

ジャッキー・イクスは前年のパリ・ダカール・ラリーで優勝、砂漠の達人として知られるメッジは1981年の優勝者であり、ポルシェは最強の布陣といえた。

当時のパリ・ダカール・ラリーは、ランドローバーやメルセデス・ベンツ・ゲレンデヴァーゲンなどのクロスカントリー・モデルが主流で、ポルシェの参戦は軽視されていた。しかしアフリカ・ラウンドのオフロードでポルシェが圧倒的な速さを見せつけると、クロスカントリー・モデル勢はすぐにその認識を改めざるを得なかった。

初参戦で優勝を獲得

953は、大型のクロスカントリー車両に比べて数100kgも軽量であり、ボクサーエンジンは225hpを発揮し、大きな優位性を備えていた。

さらにリアエンジンが生み出す圧倒的なトラクションは、あらゆるラリーで武器となり、パリ・ダカール・ラリーも例外ではなかった。また、柔らかい砂が深く積もった巨大な砂丘に挑む際は、前後のデフをロックすることにより、最大限のトラクションを確保できたのである。

911ダカールの広報写真では953との2ショットも登場。ゼッケンも953となっている。
911ダカールの広報写真では953との2ショットも登場。ゼッケンも953となっている。    ポルシェ

イクスは序盤に燃料ポンプのトラブルと、2度のパンクで大きく順位を下げてしまった。フランスのベテラン・ラリードライバーであるメッジは常に上位をキープし、無理のない走りでステージをこなしていった。

最終的にメッジが総合優勝を果たし、初参加となる953に栄光をもたらした。この勝利はパリ・ダカール・ラリー史上初の出来事となる、スポーツカーでの優勝となった。

イクスは序盤のトラブルで139位まで後退したが、953のスピードと優れたパフォーマンスを活かして6位まで順位を上げてフィニッシュ。ローランド・クスマウルも26位という好成績を収め、ポルシェはチーム部門での優勝を勝ち取り、新たなカテゴリーで初参戦ながら完全勝利を成し遂げたのである。

こうして大成功を収めた『ポルシェ911カレラ3.2 4×4 パリ・ダカール』は、その後ポルシェ・ミュージアムで保管され、イベントでその精悍な姿を披露している。

2022年に発表された限定モデルの『911ダカール』は953をオマージュしたラフロード用のAWDモデルとして製作された。希望があれば953をイメージしたカラーリングも選ぶことができた。こうして953は、21世紀にその姿を蘇らせたのである。

●空冷水平対向6気筒 3164cc●225hp●193km/h

(当連載は、基本的に日曜日の午前9時11分に公開しています)

記事に関わった人々

  • 執筆

    上野和秀

    Kazuhide Ueno

    1955年生まれ。気が付けば干支6ラップ目に突入。ネコ・パブリッシングでスクーデリア編集長を務め、のちにカー・マガジン編集委員を担当。現在はフリーランスのモーター・ジャーナリスト/エディター。1950〜60年代のクラシック・フェラーリとアバルトが得意。個人的にもアバルトを常にガレージに収め、現在はフィアット・アバルトOT1300/124で遊んでいる。

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