フランスの名門ゴルディーニ 「魔術師」と呼ばれた伝説的なルノーチューナー 現代のアルピーヌへ続く高性能車の系譜

公開 : 2026.09.26 11:50

ルノーは最新のコンセプトカーで『ゴルディーニ』の名を復活させました。その背景にある物語を紹介します。アメデ・ゴルディーニ氏はエンジニアとしてルノー車の性能を最大限まで引き出し、「魔術師」とも呼ばれました。

ルノーとの切っても切れない関係

熱狂的で少し狂気じみた『クリオ』や『メガーヌ』から、現代のスポーツカー『アルピーヌA110』に至るまで、ルノーは数十年にわたり、速くて楽しく、刺激的なドライバーズカーを数多く生み出してきた。

期待を裏切ったモデルはほとんどなく、かつ愛好家にとって実際に手に入れやすい価格帯であるなど、魅力的な要素を兼ね備えている。

ルノー8ゴルディーニ
ルノー8ゴルディーニ

これは、皆さんが想像するよりもずっと前からルノーが行ってきたことだ。アルピーヌが復活する前、ルノー・スポールが生まれる前、そして『5ターボ』の狂乱の時代よりも前から、同社の高性能モデルは別の名前で呼ばれていた。それがゴルディーニだ。

この名前は、イタリア生まれのエンジニア兼レーシングドライバー、アメデ・ゴルディーニ氏に由来する。1899年に生まれた彼は、幼い頃から自動車工学とモータースポーツに魅了され、フィアットでエドアルド・ウェーバー氏と共に働き、アルフィエーリ・マセラティ氏と共にエンジンを開発した後、1925年にパリへ移った。

そこでゴルディーニ氏は、フランスでフィアットのライセンス生産を行っていたシムカ社に勤務。やがて同社のモータースポーツ部門のトップに就くことになった。

卓越したエンジン設計で名を馳せる

彼はシムカ車のレース仕様の開発に着手し、フィアット製エンジンを巧みにチューニングしたモデルを製作した。1930年代後半には、ボルドールやル・マン24時間レースといった主要な大会で成功を収めた。

手元にあった極めて初歩的でシンプルなフィアット製エンジンから、性能を最大限に引き出す手腕で、ゴルディーニ氏は「魔術師」の異名をとった。

アメデ・ゴルディーニ氏(右)
アメデ・ゴルディーニ氏(右)    ルノー

永くシムカに在籍したが、F1参戦という自身の野望に対する資金提供が認められず、1951年に退社して独立した。そして、1950年から1956年にかけてエキップ・ゴルディーニを率いて、グランプリ参戦の夢を叶えた。

当時最も影響力があり、独創的なエンジンビルダーの1人として評判を確立していたにもかかわらず、彼は常に予算不足に悩まされていた。それでも、彼のチームは何度か表彰台に上り、強豪フェラーリとも時折激しい戦いを繰り広げた。

しかし、ゴルディーニ氏自身は知る由もなかっただろうが、次の挑戦こそが最大の成功となった。1956年シーズンの終わりまでにF1で資金を使い果たし、新たな方向性を必要としていた彼の前に、ルノーが現れたのだ。

記事に関わった人々

  • 執筆

    AUTOCAR UK

    Autocar UK

    世界最古の自動車雑誌「Autocar」(1895年創刊)の英国版。
  • 翻訳

    林汰久也

    Takuya Hayashi

    1992年生まれ。幼少期から乗り物好き。不動産営業や記事制作代行といった職を経て、フリーランスとして記事を書くことに。2台のバイクとちょっとした模型、おもちゃ、ぬいぐるみに囲まれて生活している。出掛けるときに本は手放せず、毎日ゲームをしないと寝付きが悪い。イチゴ、トマト、イクラなど赤色の食べ物が大好物。仕事では「誰も傷つけない」「同年代のクルマ好きを増やす」をモットーにしている。

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