実車が先かおもちゃが先か? 新潟で出会った『模型でしか見たことのなかったクルマ』の話【長尾循の古今東西モデルカーよもやま話:第23回】

公開 : 2026.09.23 12:05

始まりは戦前、1936年のこと

このヴェロレックス、一見すると第二次世界大戦後に世界各国で雨後の筍のように生まれた、戦後窮乏期のバブルカーの一族にも見えますが、ヴェロレックスの始まりはもっと古く戦前の1936年のこと。

人々に軽便で安価なモビリティをと目論んだフランティシェク・ストランスキーとモイミラ・ストランスキー兄弟によってチェコスロバキアのソルニツェで創業されたメーカーで、そのお手本となったのは英国のモーガン・スリーホイラーだったと言われています。

ヴェロレックスの始まりは古く、戦前の1936年のこととなります。
ヴェロレックスの始まりは古く、戦前の1936年のこととなります。    長尾循

しかし1938年にはナチス・ドイツによるズデーテン地方の併合、さらに1938年から1939年にかけてチェコスロバキアの解体、そして第二次世界大戦の勃発……と歴史は大きく動きます。

戦時中も細々と車両の開発を続けていたヴェロックスでしたが、自動車メーカーとして本格的に稼働し始めたのは、第二次世界大戦が終わった1945年以降のこと。当初は手作りに近い規模での小ロット生産だったようですが、1950年代半ばには月産40台のペースとなっていたと言われます。

搭載されるエンジンやホイールサイズなどの変遷、改良はありつつも、パイプフレームの後方にオートバイのエンジンを搭載する2シーターの無蓋車という構成は同社の歴代モデルに共通。なんと言ってもユニークなのはボディ外板に合成皮革を用いていることで、このことがヴェロックスの外観上の大きな特徴となっています。

目の前にいるのが俄には信じ難い

かつては鉄のカーテンと呼ばれ、得られる情報も限られていた旧共産圏の軽便なスリーホイラー。そんなヴェロレックス16/250が目の前にいるのですから俄には信じ難い。それまで自分にとって最も身近なヴェロックスといえば、チェコの模型メーカー『エデュアルド』からリリースされていた1/48スケールのプラモデルだけだったのです。

今から10年ほど前、都内の模型専門店で見かけその奇妙なデザインに惹かれ衝動買い。それ以来ずっと自宅の机上に手付かずで置いてあったのですが、まさか新潟の糸魚川でその実車に出会うとは。これを機にプラモデル作ろうかな……。長いこと『自動車好きの子供』を続けていると、時としてこんな素敵な出会いもあるわけで。

まさか新潟の糸魚川で実車に出会うとは、驚きました。
まさか新潟の糸魚川で実車に出会うとは、驚きました。    長尾循

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    長尾循

    Jun Nagao

    1962年生まれ。企画室ネコ時代を知る最後の世代としてモデル・カーズとカー・マガジンの編集に携わったのち定年退職。子供の頃からの夢「クルマと模型で遊んで暮らす人生」を目指し(既に実践中か?)今なおフリーランスとして仕事に追われる日々。1985年に買ったスーパーセブンにいまだに乗り続けている進歩のない人。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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