愛しのA10型!2代目ダットサン・バイオレットの思い出【長尾循の古今東西モデルカーよもやま話:第17回】

公開 : 2026.03.25 17:05

元モデル・カーズおよびカー・マガジン編集長である長尾循による、古今東西モデルカーに関する月イチのコラムです。第17回はラリーでも活躍した、A10型2代目ダットサン・バイオレットの思い出がテーマです。

サファリといえば栄光への5000キロ

さる3月12日から3月15日にかけて開催された世界ラリー選手権(WRC)第3戦サファリ・ラリー・ケニアで、『GRヤリス・ラリー1』を駆る勝田貴元選手が、自身初となるWRCラリー総合優勝を遂げたニュースはまだ記憶にも新しいですが、それにしてもトヨタ、強いですね。

今年のWRC開幕戦から3連勝。そして、サファリ・ラリーに関して言えば2021年から実に6連覇。いやもう、『ラリーと言えばトヨタ』、『サファリといえばトヨタ(TGR-WRT)』であります。

筆者は「頑張れ、ダットサン・ワークス!!」なんてマインドで育った世代です。
筆者は「頑張れ、ダットサン・ワークス!!」なんてマインドで育った世代です。    長尾循

と、そんな昨今のWRC情勢でありますが、その一方で『ラリーといえばダットサン』、『サファリといえば栄光への5000キロ』、なんて時代を思い出す、年季の入ったラリー・ファンもいらっしゃるのではないかと。

かく言う私もまた、モンテカルロ・ラリーのSR311やサファリ・ラリーの410や510の活躍を雑誌で見て「頑張れ、ダットサン・ワークス!!」なんてマインドで育った世代。そんなクルマ好き少年だったものですから、今でもあの頃の日産車の活躍は強く印象に残っているのです。

ラリーの世界で活躍した二代目バイオレット

そんな日産の歴代ラリー車の中でも特に気になっているのが、A10バイオレット。710系として知られる初代バイオレットに替わり1977年にデビューした2代目モデルですね。実車の現役当時、こいつを手に入れてラリー車風に仕上げようかと考えたこともあるくらい。

気をてらったデザインが不評だった先代の710系に対し、510を思わせるボクシーでシンプルなデザインを纏って登場した2代目バイオレットは、言ってみれば良くも悪くも中庸なセダンで、今となってはヒストリックカーイベントなどでも、ほとんど目にすることのない地味なモデルです。

『ラリーといえばダットサン』、『サファリといえば栄光への5000キロ』ですね。
『ラリーといえばダットサン』、『サファリといえば栄光への5000キロ』ですね。    長尾循

そんな2代目バイオレットですが、逆にラリーの世界では大きな活躍を見せたことは皆さんもよくご存知の通り。1978年、初のサファリ・ラリー参戦で総合3位&クラス優勝に輝いたA10バイオレットは徐々に戦闘力を上げ、翌年1979年のサファリでついに総合優勝。

さらにクラス優勝とチーム賞も獲得と、これは日産にとって6年ぶりの完全制覇でした。A10バイオレットの活躍はその後も続き、ことサファリ・ラリーに関しては実に1982年まで4年連続で総合優勝という快挙を成し遂げています。

ファンとしてはこの時期「ダットサンがついに世界ラリー選手権王者になるか?」と期待も膨らみましたが、残念ながらそこは叶わず、1979〜1981年まで、3年続けてマニファクチャラーチャンピオンシップ2位、という結果となっています(1982年は3位)。

記事に関わった人々

  • 執筆 / 撮影

    長尾循

    Jun Nagao

    1962年生まれ。企画室ネコ時代を知る最後の世代としてモデル・カーズとカー・マガジンの編集に携わったのち定年退職。子供の頃からの夢「クルマと模型で遊んで暮らす人生」を目指し(既に実践中か?)今なおフリーランスとして仕事に追われる日々。1985年に買ったスーパーセブンにいまだに乗り続けている進歩のない人。
  • 編集

    平井大介

    Daisuke Hirai

    1973年生まれ。1997年にネコ・パブリッシングに新卒で入社し、カー・マガジン、ROSSO、SCUDERIA、ティーポなど、自動車趣味人のための雑誌、ムック編集を長年担当。ROSSOでは約3年、SCUDERIAは約13年編集長を務める。2024年8月1日より移籍し、AUTOCAR JAPANの編集長に就任。左ハンドル+マニュアルのイタリア車しか買ったことのない、偏ったクルマ趣味の持ち主。

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